それはまるで、悲しみとそれに付随した涙とちょっぴりの怒りと大きな疑問を合わせてぐちゃぐちゃにかき混ぜたような気持ちだった。

立ち上がるとソファの隙間から領収書が落ちる。昨日、マーモンに任務を代わってもらった時のだ。煙草をくわえたまま拾い上げて裏返す。彼じゃない。彼は必ず領収書をメモ帳がわりにするから。

殺すのがきらい。殺すのがすき。今までは一応一般人として生きてきた私にとって殺すのが好きか嫌いかなんて考えたことがなかった。しかし今考えてみたところで答えは雲を掴むように捉えようがなく、なんとなしに点けたテレビのチャンネルのように日常茶飯事でしかも興味のないものであった。

…鳥肌がたつほど嫌な仕事は彼の為だと思わなければとっくに辞めている。意志の弱い人間だと言われれば仕方ないが私には私の考えがあるしましてや目の前の金髪男の話す例えばグダクダと何か説教みたいなもの、を聞いてやる筋合いなんてこれっぽっちも存在していないのだ。

任務先でマフィアを殺すたび彼の顔が浮かぶ。
彼は生きているのだろうか。もしかしたらこの扉の先にいるのかもしれない、きっとそうだ。何故か確信して扉を開けても先にあるのはぽっかり空いた空間と名の知れぬ人間だけ。落胆を力に変えて任務を終了させるけれど、いつも満たされない心だけが私の中心をさまよっていた。

ヴァリアーで初めて目を合わせたのはフランという少年だった。あれから私は事あるごとに号泣し任務中ベルやフランを困らせていた。他人の目というのは怖い。比喩でなく、目という物体が怖いのだ。

探せばいくらでも噛み合わない記憶はあった。まずマーモンのこと。数週間前まで任務をしょっちゅう代わってもらっていた彼のこと。今はもういない。だけど皆マーモンのことなど忘れたかのようにしている。そしてフランがいる。霧の守護者はフランなのだ。

昔って何?私は深い海に投げ落とされたような絶望感と諦めの中にいた。もう分からない。私は私が分からないしそれは誰にも分からない。

私の様子や態度がおかしくなりだしたのは、マーモンがいなくなる少し前からだったらしい。度々意識を返したように元通りになることもあったらしいけれど、基本的にはおかしな奴だったという。

彼は生きている、しかもずうっと同じ屋根の下で。気づいてしまったのだ。いつも会いたい抱きしめたいキスしたいと思い続けた割に相手がすぐ傍にいたとは想定外すぎた。いや、望む結果のどんなパターンにもこんな状況なかったんだよ。

私がみてきたものは全て、嘘だったんだ。

考えが及ぶ前に条件反射で扉を開いていた。ザンザスが私の頭を掴んでこめかみに銃を突きつける。怖くはない、目の前にはあの彼が居たのだから。

自分は誰を愛しているのか、誰に愛されているのか。一瞬分からなくなった。
はっとして彼を見るけれど、しかし小さく嘲り笑うだけで私の期待を簡単に裏切ってしまう。

さらに加速する温度の低下に息を白くしながらも息をした。静かに、別人である私の終焉を見つめたいと願いながら自分がその別人であると気づくのはすぐ後。終焉の終焉。私が居なくなればパラレルワールドを移動する人間がいなくなる。つまり、消える。

どんな手を使ったとしてもこの現実は変わらない、変えられない。これが最後、とヴァリアーを振り返って私は人生最大の後悔をした。





「俺はナギサを愛してたよ」





キィ