ぼろぼろの姿で帰ってきてから、身代わりに触れるなんて殆どなかった。触れたら、またあの怒りを増幅させてしまうだけだと思っていたし、実際にそうだから。
ルッスーリアがひらひらと手を振って部屋を後にして、私の部屋にまた静寂な密閉が訪れる。両手をぎゅっと握って祈るように開いてから、私はゆっくりと立ち上がった。


一旦触れてしまえば、スイッチを切り替えたように彼女の分解はスムーズだった。何も考えず黙々とねじを回し回しパーツを避け、ただひたすらに、丁寧に壊していく。それは一種の祈りのようだった。

彼女の心臓部、マーモン様が造ったメインの動力源である中心のパーツを外し中を開くと、明らかに機械の一部ではない白、が薄汚れたような何かが挟まっている。
指を入れて無理矢理取り出すと、どうやらそれは折り畳まれた紙切れらしかった。



――フランはこれを知っていたから身代わりを壊すよう仕向けたの?



ルッスーリアの一言がやけに重くのしかかる。『敢えて、破壊した』。本当に?…じゃあフランは、全てを知っているのか。いや、それなら絶対にこんな行動なんてとらない。こんなの自殺行為だ…。

震える手で紙を開く。手の平サイズの小さなそれを開ききると、紙はうっすら光を放ち始める。私の、汚れて黒い膜を張った指先がぼんやりと照らされた。
そこには短い単語が並んでいる。英語のようだ。



『key board murder』



…キーボード、殺人。


まさに私のことだった。キーボードを叩いて無数の人、人、人を殺し、ほら今だってフランを消そうとしてる。パチパチとボタンを押して彼をデリートするんだ。
じゃあマーモン様は私に何を求めているのだろう。これじゃあ次の一歩も踏み出せない。マーモン様は私に、いったい誰を殺せと言うのだろう?

フランを。もしくは私自身を。それともマーモン様の面影を。…存在を?



「やっと始まったんですかー。待ちくたびれちゃいましたー」



ふと紙切れがフランの手へと渡った。いつの間にか部屋に居たみたいだ。でもあまり驚く気にもなれなくて、むしろ彼の発言に私は違和感を覚えた。するとフランが扉の方を指差す、固まった私を見てやっと気づいたんですかとフランはため息をついた。

停電している。



「…フラン、何をしたの」
「さーあ?ミーは知りませんよ。センパイがこうしたんでしょう」



ぼんやりした口調とは裏腹に、私のことを勢いよく引っ張ったフランはぎゅっと手を握った。手は少し、汗ばんでいた。

このとき、知る由もなかった。私の行動が全て、一瞬も無駄無くフランを殺していく過程だったなんて事は。そして本当は、私には彼を殺すという自覚も、覚悟も、なにひとつなかったんだ。




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