私の「身代わり」が帰ってきた、いつもよりだいぶ遅れた帰宅だった。この時ばかりは私もちゃんと起きて、アイマスクも外して彼女を出迎える。なんせ、いつも自分に代わって外の任務をこなしてくれる機械なのだから。
身代わりといったって、私とは似ても似つかないような風貌をしているのだ。つばの広い黒のハットからは、これまた黒い布が頭の形に沿うように出ていて、その布は膝下までマントよろしく、長くのびてる。一応ヴァリアーの隊服は着せているけど、布で顔すら隠れてるから殆ど意味を成してない。唯一ヴァリアーだと分かる箇所は、布にでかでかと刺繍されたヴァリアーのワッペンのモチーフくらいだろう。
風貌を簡易に言い表せば、
「黒くてでけぇクラゲみてぇだなあ」
「そのクラゲに任務やらせてるのは誰ですか、作戦隊長?」
「お前までそんな呼び方すんのかぁ?」
「だって本当のことじゃない」
身代わりのメンテナンス中、スクアーロ作戦隊長が顔を出した。ちなみに私が身代わりを造ったのも、こいつ…いやこの人が原因だ。私を気遣ったのかマーモン様を気遣ったのか分からないけれど、私はマーモン様の帰還に尽力しろ、って意味らしい。良くも悪くも、私の今をつくった男であるのは確かだ。
「フランってこの計画のこと、知ってるのかしら」
「ああ。誰も話しちゃいねぇが…」
「そうね、感づいてはいるみたい。『マーモンが帰ってきそう』ってことくらいは」
彼もいち幹部であるのだ。私の一挙手一投足に何かをいつも感じているんだろう。ふと罪悪感が心に湧いて、その居心地悪さに思わず目を細めた。メンテナンスを終え、バッテリーを装着しなおす。気づかぬうちにため息をついていた私を見て、スクアーロは困ったような微笑みを浮かべた。
「信じてんぞぉ」
身代わりを一瞥し、踵を返したスクアーロに私は右手を上げて応えた。
*
今日、身代わりの帰宅が遅かったのには理由がある。ミルフィオーレが、アルコバレーノについての重要な資料を大量に保持していると聞いたからだ。内容は不明だけど、とりあえず持ち帰れるものは持ち帰れとプログラムしておいたので、身代わりは様々な資料を持ち帰ってきた。
「…こんなもんか」
ベル兄のジルとかいう奴の任務資料とか、白蘭との通信記録とか別に要らない。真六弔花?…これ、ボスに持って行こうか。ノートパソコンを脇に抱え打ち込みながら、扉を開ける。意外に眩しい廊下に、反射的に瞳孔が動いた。暫く行くと広間が見え、広間の時計を仰ぎ見る。午前11時、…朝。どおりで太陽が元気な訳だ。
寝起きのボスは怖い、ましてや睡眠を阻害するなんて明らかに自殺行為だ。私は諦めて広間のソファに身を沈めることにした。ノートパソコンのキーを叩く音が響く。まるでオモチャみたいに軽々しい音だ。
ふと気がつくと、目の前にブラックコーヒーが差し出されていた。顔を上げるとなんと、それは身代わりだった。数瞬、敵を疑って殺気立ったけれど、それはすぐ掻き消えることになる。
「飲みなよ。君も疲れたろうね」
マーモン様の声だ。私は一瞬にして目が冴えた。そして反射的に泣いた。
「身代わり」のプロトタイプはマーモン様の作品だった。マーモン様が消えて、私はそのプロトタイプを弄り、こうした機械が出来上がったのだ。きっとこれは、マーモン様がこういう未来を予期されて加えた、プログラムなんだろう。マーモン様は人の目につかないところで優しい。