夢の中でも、私はマーモン様を殺していた。でもマーモン様は私を殺してなどくれなかった。代わりにフランが私を慰めるのだ、そう、つまり私は誰にも殺されない。
寂しかった。
誰にも殺されない自分が、無価値の存在にしか思えなかった。誰かの手によって、出来るかぎり大好きな人によって、この命に切り口を入れて欲しかった。それなのに誰ひとりとして私の欲望を叶えてくれず理解すら、してくれなかった。
自分で作った切り口は、もう閉じて完全に傷を塞いでいた。ある意味、手遅れだった。
*
ぼんやりとした脳内は、マーモン様の幻覚を見るには充分な環境だ。自分で幻覚を操れない人間なら尚更に。私は、自身が小さく、いつまでも、彼に謝っていた事すら覚えていないのだ。私は私の脳内で、消えた彼に謝っていた。ごめんなさいなんて言語を超越した何かであったようなきがする。
意識はゆっくりと現実に帰還した。
*
「おはようございまーす、コーヒー入ってますよー」
おはようなんて普通笑われる時間帯、午後7時。私はふと、彼を見つめた。この日常はもしかしたら日常でないかも、しれない。そんな予感が体中を巡ったけれど、次の瞬間にはそんなことすら忘れていた。
おはようフラン、と微笑んでからコーヒーに口をつける。今日もフランのエスプレッソは完璧だ。
「ねえフラン」
「なんですかー」
マーモン様は帰ってこなかったね。
そう言おうとしてむせた。違う、誰だマーモン様って?任務し過ぎて頭おかしくなっちゃったかな。こつんとこめかみを叩く。リングが丁度あたって絶妙に痛かった。
「痛ぁ…」
「馬鹿ですか、…馬鹿ですね。いい加減ボンゴレの雲雀恭弥とか見習ったらどうですー?同じ雲の守護者として」
「……そうするよ」
少しだけ、奥に座るボスの視線が気になって見遣れば、紅の瞳は私のずっと向こうを見つめていた。思わずフランの隊服を掴むと、彼に似合わず傷心したような笑みを浮かべた。
(これでよかったんだね、ボス)
(選んだのはテメェだマーモン。確認してんじゃねえ)
(これでよかったんだよ。じゃあね、気が向いたらまた、来るさ)
(ああ)
私はずっと前から雲の守護者だしフランはずっと前から霧の守護者だ。フランは私を好きだと言ってくれるし私もフランを愛してる。だけどなんで。時々こころが痛い。良心なんてないけど、ただひたすらこころが痛む時がある。誰かの名を呼びたくなる。
そんなとき私はノートパソコンに向かう。そして、いつどんな時暗記したのかもわからない、誰かの研究データを記憶通りに打つのだ。
カタカタカタカタ…。
「キーボード忠誠事件」
フランが画面をぼんやり見つめながら呟いた、その一言は、私のこころに深く沈んで二度と帰っては来なかった。
20100923
庭咲日名子