はあー!長い長い任務も終わって人もたくさん殺しました。疲れた疲れた。

ということで、フラン隊長と同様わたしも1週間の有休を取りました。ヴァリアーに有休なんてないと思ってたけど意外と申請すれば使えるらしい。まあ使わないままいつの間にか消えてたりすることの方が多いんだけど。



で、有休使ってだらだらして、いよいよ明日からは久しぶりのイタリア任務。イタリアで任務してたことなんて、もう何十年も昔のことのように思える。何十年も昔だったらわたし生まれてねーよっていうつっこみはなしです。



「そ、それで、わたしはどうして幹部会に呼ばれているのでしょうか」



さて有休最後の日、日も落ちた頃、隊長に呼ばれて付いて行った先はボスの執務室。幹部会じゃねーかこれ




「ミーも詳しい話は知りませんよー連れてこいって言われただけだし」

「しし、この前の任務がお粗末すぎて死刑じゃね?」

「隊長助けたのわたしなのに…」

「少なくともお前ではないですね」

「ひどい」




とりあえず一番下っ端っぽい場所に座る。なんか椅子も他のものに比べて古ぼけている気がする。座ると、綿がへたっているのかお尻がちょっと痛い。

突然呼ばれて何も用意せずに来たからメモ帳も携帯もペンもハンコも持ってない。手持ち無沙汰に両手を机の上にぽいと乗せると、手元にはなんだか見覚えのあるマークが。あれ、ここもしかして




「あら、名前ちゃん、実はなんで呼ばれたか分かってるんじゃないの?」

「分かってないですって」

「ならばなぜそこに迷わず座ったのだ」

「…下座だから?」




わたしのあほみたいな返事に、ルッスーリア隊長が口元を押さえてふふと笑った。どうやらルッスーリア隊長とレヴィ隊長はわたしが招集された理由を知っているらしい。なんだなんだ、と立ち上がろうとした瞬間、背後の扉ががちゃりと開かれる。ボスだ。



「おう、……てめえ、分かってんじゃねえか」



ただ会議に来ただけとは思えないくらい殺気がすごい。いやこれがボスのデフォなのはわかってるんだけど、ここまで近くで会話することなんてほとんどないから毎度毎度この圧にはびびる。

もしかして、と、今までの話をたどりながら、わたしはある都合のいい結論を導いた。立ち上がって机上の雲の紋章を指先でなぞった。紫色が光る。




「わ、わたし」

「ああ」

「雲の、」

「…てめえには今から雲の守護者を任せる。見合わねえ仕事はするな」

「……!!」




実は入隊試験のとき、わたしは雲の炎がいちばん強かったのだけれど、雲の隊長が欠番だとかで雲隊はそのとき存在していなかった。だから次に強かった霧属性の炎を使ってフラン隊に入ったのだ。こらそこ後付け設定とか言うな!


今回の任務でわたしは雲のリングを与えるにふさわしい奴、ということになったらしい。アイドルになったり女優になったりしただけなんだけどな。まあ隊長助けるだけの度胸はあるけどね。あと何のためらいもなくベルを殴ろうとできるだけの怖いもの知らずな感じとか?


まあなんだっていいけどわたしは今日から雲の守護者らしい。えーなにそれこんなにすんなり昇進しちゃって大丈夫なの?まあ物語って都合のいいもんだしね。これくらい恵まれたっていいよね。











「ねえベル」

「んだよ」

「ちょっとまって、…んーっ、…お!ついたついた!ほら!すごい!幹部っぽい!」

「それ昨日からずっと見せてきてるよな?」

「昨日より炎強くなった!すごい!」

「こんなバカみてえな新米幹部と一緒に任務する俺の身にもなれよ」

「なーむー」

「合掌すんな!」




あの会議から30時間後、今は夜中の1時を過ぎた頃。幹部になって最初の任務はやっぱりベルとのペア任務で、相変わらずボスはわたしとベルが大変仲のよろしい2人だと思い続けているらしい。変な意味じゃなくて。純粋に。ボス意外とピュアだから。

わたしはもらった雲のヴァリアーリングを昨日からずっと灯して遊んでいた。いや!いやいや!遊んでるんじゃないです!訓練してたんです!灯す訓練!



向かう先は秋葉原じゃなくてナポリの郊外。殺すのもアイドルじゃなくてマフィアのおじさん。奪ってくるのも1位の座じゃなくて研究資料のディスクだ。あーあ、なんだかふつうの生活に戻ってしまったのが少し寂しくもある。

ベルはわたしの10歩以上先をさっさと歩いていって、おせーよばーか!と子供みたいな煽り文句でわたしを呼んでいる。なあ、お互い30超えてんだしもうちょっとまともな会話しない?て、そんなつもりはさらさらないんだけどね。暗殺の定義を辞書で調べなおしたくなるほどぎゃあぎゃあ騒ぎながらわたしたちはターゲットの基地へ向かう。




まるであの日みたいに、満月がきれいだ。




基地は大きな門扉の向こうにある。風が木の葉を揺らす音だけが響いて、ああ、すごい、わたしほんとに幹部になっちゃったんだ。何年か前までしょぼいファミリーのしょぼいスパイだったのに。




「おし、いくぞ。足手まといになんなよ」

「ベルこそ」




わたしたちは同時にその高い門扉を飛び越える。
夏のなまあたたかい空気が頬をかすめて、心臓の鼓動が大きく聴こえる。

ふわりと着地すれば打ち合わせ通り左右に分かれて侵入する。わたしが一瞬だけためらったのをベルはすぐに気がついて、振り返って戻って来た。




「おい、緊張してんなよ、別に今までとかわんねーだろ」

「うん」




ベルはちょっとだけ迷惑そうな顔をして頭をわしゃわしゃと掻いたあと、観念したように右手をこちらへ差し出した。




「おら」

「…え、」

「相棒じゃねーのかよ」




途端に笑ったわたしを見てベルはバツが悪そうに顔を歪める。けど、右手はそのまま挙がっていて、それだけで十分だ。わたしはその右手に右手を重ねて軽くハイタッチし、それを合図にお互い背を向けて走り出す。


同僚は幹部だったけど、いつの間にかわたしが幹部になったから幹部が同僚になりました。生意気な金髪の先輩はいつの間にか相棒になって、これからもずっと一緒に仕事をしていくのだろう。触れた右手の中指にはめられたリングにまた炎を灯す。さっきよりもずっと強い炎が膨らむように燃え盛り、暗闇の中に浮かび上がる。


3,2,1で、同時にガラス窓を破る。


瞬くように光った嵐の赤い炎と、雲の紫の炎が、飛行機雲のようにすう、と一瞬残って、闇に消えていった。










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同僚は幹部でした
FIn.



20160609 h.niwasaki