漆黒というより濃いブルーの夜空に、穴があいたみたいに月が浮かんで、どこかで狼かなにかが遠吠えをかましている。その中ぱたぱたとはためくのは我が暗殺部隊ヴァリアーの隊旗だ。安っちい生地には到底見えないが旗は旗、安っちい音を立てながら風を受けていた。

わたしは隊で支給されたパンツスーツをぱんぱんと払って座り込む。今日の見学はそれなりにえぐいものだった。入隊して間もない研修生にこんな光景を見せるなんてやっぱここはどうかしてる。



「スーツでうんこ座りすんなキモい」

「その歳でボーダーしか着ないあんたもあんただばか」

「知ってる?馬鹿っつった奴のが馬鹿なんだぜ」

「しね」



確か同期でわたしと同い年のベル。今日は彼と共に任務の見学をしていたわけだが、やけにサボり癖のあるベルは途中でどこかに行ったきり姿を見せなかった。よくそんなんで入隊試験うかったなこいつ。

とかなんとか悪態をつきながら、わたしは死体処理にかかる。内蔵とか出てる死体がいつもの数倍あり気が引ける。ばきばきと死体をまとめあげながら横目でベルを見ると、散らばるナイフを拾っては磨きポケットに仕舞っているようだった。



「ねえ」

「…」

「ねえってば」

「ん」

「手伝ってよ」

「やだ」

「チクるぞばか」

「どーぞ、ご勝手に」



どうやら彼にはチクられるイコール死ぬという回路が出来上がっていないらしかった。そこまで常識が欠落しているとむしろ笑える。いつか死んでも知らないから。ていうかそのナイフ、誰の?



「オレの」

「うそつけ」

「なんで王子が嘘つかなきゃなんねーんだよ」

「新米は武器なんかもたせて貰えないもん」

「新米ねえ、ししし」

「なにがおかしい」

「んー、ぜんぶ」

「ムカつくムカつくムカつく」

「ああそう」



とにかくこのベルってやつは生意気で常識なくておまけに仕事をしない最低な野郎だ。新米のくせに風格でてるとこもやけにいらっとくる。それにしても何故こいつは「新米」って単語にツボるのか。そんな笑えないぞ。




20100507