「………………」

「王子が隣にいることを喜べよ」

「うれしくない」

「しね」


いつぶりか分からない、奇跡的にできた丸一日オフの日にわたしはミスドへやってきました。え?イタリアにミスドはないって?私たちの世界ではダスキンもイタリアに進出してるんだよ!察しろ!

小さい頃からミスド大好きっ子だったわたしはこんな歳になってもひとりでミスドにきちゃったりしている。いやもちろんミスドのためだけに街へ出てきたわけじゃないよ?!買い物の休憩でなんとなく入っただけだ、そうなんとなく。

平日ではあったがこの大きな街、ミスドはちびっこたちとそのお母さんでごった返しており、レジまで何組もの客が並んでいたものだから、わたしもおとなしくその最後尾についていた。

人混みの間からわずかに見える陳列棚を見て何を頼むか考えていたら、「王子あのチョコのやつな」と突然左肩が重たくなる。
振り返れば見慣れたベルの腕がのしかかっていて、その先にある手にはナイフではなく大きなショッピングバックが下がっていた。ベルもオフだったとは。


「えっ」

「だーかーらー俺はあのチョコかかってるやつ」

「いやそういうことじゃなくて!」

「なに」


状況がつかめないままオロオロしていると、いつのまにかあとひとりでレジだ。開けた視界でよく見てみれば今日は100円セールじゃないか!だからこんなに混んでいるのかもしれない。とりあえずベル(先輩)のことは無視して自分の注文を考えよう。


「いらっしゃいませー」

「えーっと、ポンデショコラと、オールドファッションと」

「名前趣味わる」


普段のときは考えもしないけれど、100円セールのときは貧乏性が働いて100円のものしか注文したくなくなるのってめっちゃあるあるだよね!あと120円のパイ


「こちらでよろしいでしょうか?」

「あーちょっとまってねオネーサン。まだ頼むから」


いつの間にかベルの荷物までわたしが持たされている。肩に掛かる体重がふと消えると、ベルは綺麗に笑って指をさす。


「これひとつ」

「クリームブリュレのアップルシナモンがおひとつ」

「あとこれ」

「ポンデスノーショコラのチョコがおひとつ」

「これも」

「クロワッサンドーナツですね。どちらにいたしましょう?」

「んーどっちでもいいや。どっちも頂戴」


見るからに高そうなドーナツがぽんぽんとトレイに乗せられていく。ご丁寧に100円対象外のドーナツだけを頼んだベルは満足そうにこちらを振り返る。


「ごち」


にやりと笑うベルの手元を見ればわたしの財布が握られている。ベルは暗殺屋というよりスリ師なのではないだろうか。かわいらしいドーナツがひとつひとつ箱に詰められていくのを嬉しくもかなしく見つめる。ご機嫌な王子は「この前買った紅茶淹れて一緒に食おうぜ」と、わたしの財布から札を抜きながら言う。

その紅茶ってかなり高級な銘柄のじゃなかったっけ。それこそドーナツの合計金額の何倍もするような。これは思わぬおこぼれを貰えそうだ。ドーナツを受け取ったベル(先輩)はいつもより子供っぽくうししと笑った。



20160126