「ボス、誕生日おめでとうございます」



さっきまで眠そうに頬杖をついていたボスは、右眉をすこし上げてこちらを一瞥した。

「時計をご覧ください。もう10日ですよ」

「…雨だな」

「そうですね、残念。10月10日だからといって必ず晴れるわけではないですし」

「…」

なんとなく、毎年思う。

誕生日、という言葉がいつも、ボスの前では上滑りして滑稽に聞こえる。生まれたから何だ、その日が必ず何か保障された日になるという訳でもない。誕生日に命を落とす人間だって、この世界にはざらにいる。意味もなく恥ずかしくなって俯いた。

「ボス」

「…」

「生まれることに誇りを持ちますか」

「生まれることに?」

「…すみません。忘れて下さい」

私は軽く一礼して扉を開けると、迷いなく扉を閉めた。後ろを振り向けばベルがニコニコして立っている。




「どうしたの、ベル」

「ん。ボスと彼女はイチャイチャしてんのかなーって思ったから来てみただけ。でもつまんねー彼女だなお前。誕生日祝いも敬語かよ」

「…敬語の何が悪い」

「べっつにー。あ、オレケーキ持ってきたんだ。じゃーん」
後ろ手に隠していたケーキ箱をずい、と見せ付けられる。相変わらず満面の笑みだ。

「そう」

「悔しいなら言えばいいのにな。お前ホントつまんねー女」

ちょっと憤慨したらしい少年は、そのまますたすたと進み扉を開けた。



バタン、と完全に隔絶されたボスの部屋からは、ベルの快活な声と細切れに低い声が聴こえた。

「生まれることに誇りを持ちますか」

浸るように呟いた。何も考えずに、ただ素直に祝うことを楽しめるベルが羨ましい。私には出来ない。



「ああ。今日くらいはな」

はっとして扉の向こうを伺った。

「誇りくらい持ってやろうじゃねえか」

「ボス、」

扉が開いた。奇跡みたいな微笑みをたたえたボスは先刻までベルが持っていたケーキ箱を差し出した。

「お前も、誕生日おめでとう」

「…ありがとう」




20101010
ザンザス、Buon Compleanno!