「食べてるお前も嫌いじゃなかった。むしろ好きだぁ」
「じゃあいいよ、嫌いになっても」


嫌いになればいい

そう言って女はまた目を閉じた。


「食べ物が口の中でどろどろになる様が嫌いなの。それがどれだけ生きるために必要な行為なのか、理解してはいるんだけど」

俺は彼女の肩を見た。青いキャミソール一枚という寒々しい格好をしている彼女の肩は、今までなら少しふっくらした丸さがあった、はずなのだが、今となってはその面影もない。
一回り肉の落ちた体はなんとなく弱々しく、それでいて気高かった。

「私男だった方が良かったのかも」
「…何でだぁ」
「女性特有の脂肪がついた体より筋肉が欲しいって思ったし、仲間同士で馴れ合うより殺し合う程のライバルがいた方が楽しかった。隊内でもよく女の子に告白されたし、今までのこと考えれば考えるほど男に生まれたかったなあって」

少し、想像してみた。俺よりイケメンだろう彼女を思い浮かべて僅かに嫉妬した。違う違う、と頭を振った。

「じゃあ何で俺を好いた?」
「それはただスクアーロが好きだったから」

幻の涙が伝った気がした。

「スクアーロはまるで人間じゃないみたいだったから。ヴァリアーのみんなそう。人間じゃないみたいに格好良い。私もそうなりたかったなあ、人間じゃなくなりたかったのに」

そうしたら食べ物なんか喰らわなくたって生きていけたかもしれないのに。
汚いことひとつも考えなくて良いのにね。


「…点滴でいい、とりあえず体に栄養送れぇ。さもないと本気で死んじまうぞぉ」

点滴なら、と諦めて立ち上がった彼女はすぐふらりとよろけた。それを支えるように抱き留めた瞬間、彼女のやせ細った体を折ってしまいそうで少しだけ、躊躇する。


ああ、食わなくなった彼女も悪くないと思ったのは誰だ、畜生。


そのまま彼女の肩を抱き部屋を出る。人間でも人間じゃなくてもいい。死なれたら全てお終いだからなぁ、人間、愛だけで生きれたら良かったのになぁ、と馬鹿なことを囁きそうになった。