左利きのあいつはよく右利きを笑った。片目を失ったあいつはよく双眼の持ち主を笑った。必ず左手で口元を隠して、皆と同じで何がいいんだ、って笑う。そのときのあいつは誰より輝いていた。

そんな彼女には暗殺の二文字がよく似合っていた。むやみやたらと人を殺す殺人とは、また区別される特殊な人殺し。あいつは人を殺すとき、必ず恍惚と笑っていた。


それであいつは必ずといっていい程左腕で敵を討つはずなのに、その白い肌は傷ひとつなくいつも透き通っていた。オレはその左腕が好きだった。ヴァリアー内のみならず、この裏社会の中でも不気味だと言われ続けてたその、左腕。



「幸せだよ、こうやって特異だ特殊だって言われること。だから、壊さないで」



もちろん、オレは彼女の左腕のみを愛してたわけじゃない。そんな性癖持ってるのはルッスーリアくらいだろ。だからオレはあいつの全部を愛したつもりだった。じゃあどこか物足りない、この空腹に似た感覚は何だ?
オレだってもちろん平凡を嫌っていた。だけど平凡と特異の境界線って一体どこにあんの。例えば愛し愛されるってこと。分からないことを考えるのは好きじゃないし、無意識な舌打ちがそれを証明していた。



「左利きじゃなくなったら死んでもいいかな」
「ふーん、じゃあ死ぬ?」
「嫌。それなら私がベルを殺すよ」



やってみ、とは言わない。多分こいつになら殺されるから。オレは黙り込んだ。

平凡な思考なら読めるし、平凡から派生した特異の真似事だって笑えるくらいよく分かる。だけど生粋の、生れついたときからの特異な性格は、オレだって敵に回したくない。さっきから視界の端にちらついていた彼女の右手がオレの首を緩く絞めた。



「左手じゃやってくんねーの」



彼女は笑って何も言わなかった。寂しそうとも嬉しそうとも見えるような笑みだ。オレは彼女の右手に触れた。抜い跡で傷だらけの右。比べて美しい左。ますます変な女。



「なあ、お前の右腕なら殺していい?」
「…もちろん」



別にお前を殺したって全然、全然幸せになんかなれねえんだよ。左目を覆う眼帯に触れ、次の瞬間左腕を掴んだ。







その時の記憶ならまだ鮮明に残ってる。微かに左腕の震えを感じてあいつの顔を見れば、顔を背けたまま泣いていた。右目からぼろぼろ落ちる雫は涙とかそんなんじゃない。あいつそのものだ。

オレははっとして手元を見る、彼女の左腕を見る。オレは今きっとこいつを殺したんだ。こいつの存在意義を。
時が止まって息を忘れてそれでもオレはどうしたってあいつが泣くのを止めらんなくて、気づいた時には眼前を鮮血が舞った。



「なあ、どうしたらお前に見てもらえんの」



オレはきっとずっとお前を追うしお前はきっとずっと、自分の左腕を傷つけたオレから逃げるんだろ。言えば、あいつは唇を噛んで苦しげにオレを睨みつけた。それからすぐ、力無く倒れて動かなくなった。彼女の手が掴めない。