さっき30人殺ってきてそれから5人拘束してそのうち3人殴って気づいたらベルとキスしてた。なんだろう、このぶっ飛んだ記憶の繋ぎ目。へったくそな編集の映画みてるみたいね、監督はあたし。主演は誰でしょう?なんて別にどうでもいいや、役者だってどうせ揃ってるわけじゃないんだから。


それにしてもさっきから、息苦しい心地良さが私を掴んで離さない。怠惰と劣性を愛情に無理矢理捩込んだみたいな冷たいキスだった。私は観念して目を閉じる。




世界の頼りなさとは、まさに今目の前にある全てだ。
遠く向こうの大きなお城と、数メートル先まで続いてる死体の群。二の腕に触れた微かな尊敬と、肩に掛かる吐息がぜんぶ。ぜんぶ脆くて、まるで壊すために存在してるみたい。なんて、まるでベルみたいなこと考えてしまう。外観だけは豪華絢爛な城の壁に背中を預けて座り込む。足下で瓦礫の崩れる音がした。
私は小さく喘ぐようなため息をしてから金髪を撫でた。彼も疲れていたようだった。



「帰るよ」
「…やだ」
「帰ろったら」
「やだ」
「…」
「…」
「…ベル?」



疲れたからやだ、と一言呟くと、あっというまにその場で寝はじめた自称王子様。金髪には血糊のひとつもなく、彼が素晴らしいヒットマンだということを改めて思い出す。だけど肩に掛かる頭の重みや、僅かに伝わる体温は一般人のそれと変わりない。彼も人の子、だからこそ人の私を愛せる。やれやれと目を伏せて、この任務やりたいって言ったのは誰だっけ?と囁いてみる、当然彼の耳には届かない。


今夜強制捜査、いや強制自白を命じに向かった先は私がもといたファミリーのアジトだった。このファミリーは裏の大規模な密売が粗雑に行われていて、私も昔はこの一味だったのだ。
私だって当時からこの取引はおかし過ぎると分かっていたしだからこそ、ヴァリアーの力を借りて抜けたのだけれど、今となっては所属していたことすらなんて馬鹿らしい過去だろう。昔はさんざ囮にされかけて、逃げ回って捕まって、殺して逃げ出しての繰り返し。今よりずいぶん派手で間違いだらけの殺傷だったと思うけどもう思い出したくもない。

そんな私を反逆者と見なし意気揚々と暗殺なんか企てていた「ここ」を、消してやると言ったのはベルだった。大嫌いなこの場所を消してやると言ったのはベルだった。「お前が消したい過去なら全部消すからずっとここに居て」と一言告げられた時点で私はベルに全てを委ねていた。目を閉じれば涙が、気づいたように現れて消えた。



「ベル」
「ベル」
「ありがとう…大好き」



祈りにも誓いにも似た呟きをひとつ、彼に落とせば、ふっと花のように笑って抱きしめ返してきた。

世界の頼りなさとは、まさに今目の前にある全てだ。
遠く向こうの大きなお城と、数メートル先まで続いてる死体の群。二の腕に触れた微かな尊敬と、肩に掛かる吐息がぜんぶ。ぜんぶ脆くて、まるで壊すために存在してるみたい。だからこそ壊したくない。きちんと大切な物はこの腕で優しく抱えるんだ。



「オレも。オレも大好き」



主演は、いつまでもあなたとわたし。





20100927
庭咲日名子