ふわふわと欠伸をひとつ。私は小さく鳴っている携帯のアラームをまだ半分寝ぼけながら、止めた。今日も早番まかされちゃったんだった、任務入れすぎて一昨日倒れたレヴィの代わりとか最悪すぎる。はねた前髪をくしゃりと握って私はレヴィしねーっ!と呟いた。本当は死ねなんて思ってないけど。ただキモいなってくらい。
携帯のアラームは朝10時きっかりにセットしていた。任務はなんと、ヴァリアーでは最も異常な時間帯、正午からおやつの時間にかけてだった。一般人で考えれば夜中の1時から4時、みたいな感じ。



「しかも単独任務とか、ほんと、…なんなの」



けだるく隊服を掴んでのそのそと着替えだす。今日はこの任務のあと、更に重要な任務が入ってる。こんな時間からおちおちテンション下げてらんない。もっと下がることになるんだから。

やっと隊服に着替え終わると、部屋の重い戸を押し開ける。キィ、と控えめな軋みが廊下に響いた。そこで私は自分以外の起床者を発見する。



「…あれ?ベールー」



微妙に間延びした声掛けにベルはくるりと振り返った。



「あ、やっぱ起きてた。おはよ」
「ベルも任務?」
「んな訳あるかよ」



そうだ。怠惰ったら怠惰なベルが、こんなかったるい時間帯に目覚ましかけちゃったりして任務なんかやるはずない。じゃあなんで、起きてるんだろう。私はベルの彼女になってもう何年にもなるけれど、こういう行動はいまいち理解できないし予測もできない。適当に「ふーん、」と頷いてベルから意識を逸らした。
それでもついてくるベルに私は皮肉混じりの一言を呟いた。



「…今日2連チャンで任務なの」
「そ。タイヘンだね」
「ひっとごとー!」
「人事じゃねーからー」
「え?」



聞き返すより早く、ベルは一枚の報告書を眼前に突き出した。「麻薬密輸組織の黒幕洗い出しとリストアップ/ミラノX番街裏通り」…これからの任務だった。はずだった。しかしその報告書は、既にボスの手に渡った形跡もあった。印がある。
つまり



「ししし、終わらせちゃった」
「え、何代わりに…」



言い終わらぬ内に私は部屋に帰された。今クローゼットを全開にして悶々としている理由がお分かりになるだろうか。2つもあった任務がなくなったのに加えて久々に出掛けようと。出掛けようと。ベルが、あのベルが直々に。言ったのだ。朝だからかぼんやりしていたけど心は浮きっぱなし。



「オレさ、昼間の海って行ってみたかったんだよね。あと夕日の沈むとことか。ほら、オレの出身国って海とーいじゃん?」



海。海。海。…うみ!
呟くだけで幸せな気持ちが膨れて膨れて、思わず顔が綻んでしまう。昼間なら水族館がやってるね。じゃあほんとに、普通のカップルみたいに見えるかな。ああ、この際見えなくたってなんだっていい、今私は幸せだ。あんなに眠たくてうざったい起床が嘘みたい!
こんなとき、私はいつも、ベルは私を喜ばせるのがうまいなあと感心してしまうのだ。それでもっともっと大好きになるのだ。


2つめの任務、それは本部との面会だった。きっとこれはスクアーロにでも押し付けたんだろう。ごめんねスクアーロ。ちゃんと水族館でサメの縫いぐるみ買うから許してね。



海。そこで私はきっと、もっとベルを好きになるのだ。





20100822
庭咲日名子