「ジル」 「ジル」 「ジル」 ３回、呼びかけないと彼は絶対に振り返らない。 この前私がなかなか返事をしないジルに耐えかねて「ジルは何回呼んでも私のこと無視するね」と言ったら、少年の言い訳のように「は？必ず３回目には返事してやってんじゃん」と、冷たく言い放ったのだった。 そういうことじゃないってば。 最近私はジルのことでよくイライラする。ジルのことなんて考えて気をもんだってほんとうに仕方がないし意味ないのに。 「ねえジル駅まであとどんくらい？」 「しらねー。お前が調べろよ」 「めんどくさい」 「俺も」 テトラポッドの上に手袋が落ちている。ふたつ。落し物を置いておくにはあまりにも不親切な位置だ。「ねえジル、ジル、あそこに手袋落ちてるよ」「ふーん。汚ねえ」 ジルは私と会話のキャッチボールをする気がない。ミットすら持ってない。 どんよりとした海の中に妙な色をした浮きがいくつか暇そうに揺れていた。海を左側面において、私たちはひとっこひとりいない、さびしい海辺を歩いている。日本海側だから砂浜もなくて、コンクリートの壁がただひたすら伸びている。そしてテトラポッド。 ていうより寒い。何より寒い。とにかく寒い。だって今日は２月だ。 「ジル寒くないの？」 「ちょーさみい」 「じゃあなんで連れてきたのよ」 「お前が海いきたいって言ったんじゃん」 いつの話だよ。つっこむ気も失せてただてきとうに足を動かした。ちょっと頑張ってジルの隣に並ぶと、彼はうっとうしそうにしてさらに早足で向こうに行ってしまう。 「ねえ今日私誕生日なんだよ！」遠くなってしまった背中に叫んでみる。 「今日はバレンタインデーだろ」 こういうときだけジルは振り返ってにやりと笑い、右手を差し出す。チョコでもくれと言うのか。 「俺のこと好きだろ？」 答えないで問い返す。 「ジルは？ジルは私のこと、好き？」 これはどうにも疑わしい、というか、ジルはいろいろとあまのじゃくすぎて困る。そしたらジルは右手をぶらぶらとさせながらこっちに歩いてきた。 「もちろん」 ときどき妙に正直に即答する。 「ふーん」 その右手に右手を置いたら引っ張られてぎゅっとされた。と思えばそのまま持ち上げられてジャンプ、２人一緒に海へ落っこちた。 塩辛い水まみれのジルは寒さなんて全然感じないかのようにけらけら笑うとおたんじょーびおめでとーと空に向かって叫んだ。私もつられて笑いながらああ、私はこの人がやっぱり大好きだ、となぜか思ってしまう。そして人のこと言ってられないくらいあまのじゃくな私は頬のまだ緩みきったまま大好きな人に裏返った愛を叫ぶ、 20130109 h.niwasaki →ベルバージョンはこっち |