「この前ね、スクアーロが私のこと勘違いして『ベル!』って呼んだんだ。ちょっと嬉しかった」



この手にしたナイフで総計216本目。昔、1本目に手にしたものよりも、明らかに質も輝きも増しているところがまた笑えてくる。彼だってずっと成長しているのだ、追いつけるはずがない。左手のナイフは濡れたように光を照り返し、こう諭してくる。むしろ追いつこうとしている自分を笑ったほうが身のためだ。
拾ったナイフを小銃に持ち替えてまた、いつものように。ベルはいつだって面白そうに、この下らない遊びに付き合ってくれていた。きっと毎日のようにベルのこめかみに銃を突きつけられる人間なんて私くらいだろう。気味の悪いくらい細くしなやかなブロンドと銃の鉛色のコントラストは、いつだって気分を高揚させた。そして満足してしまうので、結局私はその引き金を引くことはないのだ。今日は生憎思い切り、引ききってしまったのだが。

音よりその腕にかかる衝撃のほうがへんに重く感じた。そしてその衝撃はヘドロのようにいつまでも心にまとわりついて離れない。しかしそのヘドロの色といったらお笑いものである。それはまるで野を駆ける少女の頬のような、美しい桃色。桃色のヘドロに私は埋もれていく。

幸福か?幸福だ。

壁に寄りかかったような格好で右のこめかみから一本の線、赤。滴って、赤。飛び散った彼の、赤。白く濁った紫の唇は相変わらず気品のあるそれのまま僅かに動いた。私は彼の唇の動く前に、小銃を床に投げ捨てた。衝撃音とともに…、

「俺はお前を信じてたよ」
「…愛してる」
「俺を殺してくれるって信じてた」
「愛してる」

ベルは答えなかった。

「ねえベル私ほんとに、ほんとに愛してるの。ねえもっと愛して。私を愛して。あいして。大好き。…あなたが殺してって言うから殺してあげたのにもう、居なくなるの?そんなのって酷い。ひどいよ」

この手にしたナイフで総計217本目。彼が今まさに手にしていたそれだ。笑えてくる。彼はこんなにも愛しい彼女であった私を、最後の最後まで殺そうと目論んでいたのだ。馬鹿じゃないのか。私がベルだったら絶対にこんなことしないのに。

「私ね、平のころ、ずっとずっとベルの彼女になりたいと思ってた。ベルに愛して欲しいって思ってた。だけどね、ベルにキスされたときにね、違うなって思った。私は、」

もし私がベルだったらあのスペースであの戦闘は好まないだろう。もし私がベルだったらもっとボスに強く当たれた。もし私がベルだったらあの女の子とは5歩前の三叉路で別れてた。もし私がベルだったらジルをもっと上手く殺した。もし私がベルだったらちゃんとマーモンを守れてた。

「私はベルになりたかったんだ」

ベルに追いつけない?とんだひねくれ者の謙遜である。追いつけなかったのは「むこうの」ベルだ。今から私が本物のベルだ。誰も私には追いつけない。「ね、殺してあげて正解でしょう」「だってベルは2人もいらないもの」

「でもほんとに愛してた。大好きで大好きで仕方なくて、ベルと私がひとつにくっつけばいいと思ったんだ、だからこれで正解。


218」




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