つまり、そこのあなたもこちらのあなたも向こう側のあなたも私ってことかしら。私はブランケットからすこし頭を出して、床に座り込む私、立って髪をいじくりまわす私、歩き回る私、などなど、様々な自分を夢見心地で眺めている。

ぎゅうと押し込められたような、息苦しい感覚のなか、私は出来るだけこの状況を掴もうと躍起になっていた。――ぐるり、視界を、体ごと一周させてみる。ようし理解したぞ、意味不明だってことを理解した。「私がたくさんいる沢山沢山!何故?」「まずは挨拶です」「ごきげんよう」「うわあエレガンスな私だ」「そちらこそなんてデンジャラス」…。



「うおーい…」
「中途半端なカス鮫の真似はやめろっつったよな」
「違うよ、絶望感を言葉にしただけ」



たくさんの「私」の中、ベルはしっかりとこちらを見据えながらうしし、と笑った。寝ぼけ眼でベッドから降りて、異世界のみなさんと握手する。はじめまして、おはよう。なぜここの世界に来たのと問うても、みな曖昧に微笑むだけだった。
ベルを見る。それを感じた彼はこちらへカツカツと寄ってきた。



「大丈夫だろ」
「なんで」
「わかんねーよそんなの」
「ふうん」
「納得した?」
「した」
「した?」
「…かも」



ベルが私を過ぎ、ベッドに手を掛ける。膝がシーツにシワをつくる音を合図に、沢山の私は一斉にこちらを向いた。私の目はひとつ、いやふたつしかないのに、全員と目が合うような感覚がした。息を吸ったまま吐けなくて喉がひゅうと鳴る。私に殺されるよ、正面の私が口角を上げて囁いた。



「だってあなた、何処の世界のわたしより幸せなんだもの。すごくすごく、殺してしまいたいくらい」



これはパラレルワールドの私なのだ。私は一生懸命息を吐こうと肺を絞る。負けてはならない、これは文字通り、自分との戦いだ。涙で視界がぼやける。首だけ傾けてベルを振り向いた。ベッドに鎮座する彼は肩をすくめて微笑んだ。



「お前ならできるだろ。だってオレの女じゃん」
「…ん」
「ここの世界のお前はどこにいる?ここにいるだろ」



そうか、私は私であるし、またベルの女でもある。首を慎重に戻してすこし、下を向く。手の平を見る、私だ、だけれど私はベルの女。大丈夫だ、彼女たちと私には決定的に差異がある。幸せだろうが暗殺者だろうが何だろうが、殺される筋合いなど無いじゃないか。
正面を見据えた。もう視線は刺さらない。だから落ち着いて息を吸う、口を開く。



「折角来て頂いたのです。話し合いをしましょう」



今から彼女たちを説得したって遅くはない。




20100726
信頼関係の強いベルと彼女

企画「◎haze.」様に提出