「私、あなたのことが好きなのかもしれない。」

突然のことだった。あまりにも自然で普通なら聞き逃してしまいそうな程に。僕は驚き手に持っていた本を数冊落とした。二人しかいない静かな部屋に本がドサリと落ちる音だけが響き、それから数分間、沈黙が続いた。
口を開いたのは僕の方からだったと思う。

「…好き?」

反響した僕の声は、少しだけ震えていた。掌に汗が滲み、強く握りしめている。僕は今どんな表情をしているんだろう。ナマエの顔を見る限りでは、きっと笑顔ではないのは確かである。少しずつナマエににじり寄ると、彼女はその場に座り込んだ。いつも優しく僕を見つめていたあの瞳には、今や恐怖の色が揺らいでいる。

ナマエは自惚れていたのかもしれない。確かに僕は彼女を特別扱いしていたし、無能なのにも関わらず彼女を死喰い人に勧誘し優遇した。しかしそれだけだ。愛の言葉を囁いたわけでも、身体の関係を求めたわけでもない。それなのにこの女はどこまで馬鹿なのだろうか。僕が彼女に何かしらの感情を抱いたとでも思ったのだろうか。
自分の中で何かが勢い良く崩れ落ちて行くのを感じた。また、だ。ぽっかりと心臓だけが浮かんでいるようなこの感覚。
僕はそれを合図にローブから杖を取り出し、彼女の心臓に向けた。

「なんで?」

彼女は泣いていた。そうあの頃のように僕を掻き乱すような顔で。
嗚呼、もう思い出に浸るのはよそう、吐き気のするあの不可思議な感覚などに取り付かれるなんてこれ以上ごめんだ。

「愛してる?好き?君は僕の何を知っている?君の知っている僕は僕自身の片鱗でしかない。」

もしこれで謝り、無かったことにしてくれるのならばナマエのことは許してやるつもりだったのに。

「愛してる」

僕は堪らずに杖を振った。目映い緑の光線が一瞬だけ光ったかと思うと、彼女の遺体が前のめりに倒れ込んできた。
死んだ、ナマエは死んだのだ。
暫く何も出来ずに立ちすくみ、数分経ってからやっとのことでその場にゆっくりと座った。口から出てきてしまいそうな勢いで、心臓が激しく音を立てている。怒りか悲しみか、色々な感情が全身を駆け巡り何故だか少し息苦しい。
震える手でナマエの手にそっと触れれば、既に冷たくなっていた。

きつく握り締めていた僕の手は自分でも驚くほど汗ばんでおり、彼女の冷えきった掌を僅かに湿らせる。「彼女の手に触れたことは無かったが、こんなに冷たい物では無かったのだろう。」そんな想いが脳裏を掠め、僕は自嘲気味に笑い静かに立ち上がった。そろそろ集会の時間だろう。


誰が望んだ結末だったか
title … 獣



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