彼に出会う前の私は空っぽだったと言えるだろう。愛という感情が欠落しているのではないかと不安になるくらいに、誰に甘い愛の言葉を囁かれても、誰に抱かれても、何の感情も湧き起こらずにいた。そして断れずにズルズルと大人の関係を続けて最終的にはただの性欲の捌け口と成り果ててしまうのだ。何の感情も湧かない私は浮気相手には恰好の餌と言うわけだ。

しかし愛とは自分の知らないところから突然やってくる。私は彼ーーリーマス・ルーピンに初めて出会った時のことを思い出しながら側らで眠る彼の柔らかい白髪交じりのライトブラウンの髪を撫でつけていた。

リーマスは私が仕事をしているパブに職を求めてやって来た。第一印象はそう、言うなれば"衝撃的"の一言である。見るからにみすぼらしくやつれた様子の彼を最初は勿論素敵だなんて思うわけもなかった。店主は優しかった為彼に半ば同情をして雇う運びになったわけだが、大まかなことは店主が説明をして後の細かい仕事を教えるのは私の担当となった。

「ナマエ・ミョウジです。よろしくお願いします。」

遠慮がちに丁寧に挨拶をすれば、彼は「私はリーマス・ルーピンです。よろしくナマエ。」と大きな手を差し伸べてきた。戸惑いながらもその大きな手をそっと握ると、彼は私が今まで向けられたどんな笑顔よりも素敵な優しい笑顔で微笑んだ。握られた手のひらに彼の温もりを感じながら、心の奥で味わったことのない感情が芽生えたのをその時感じた。誰に触られても何の感情も湧かなかった私が、彼と握手をして、たったそれだけのことで、心が幸福で満たされたのだ。

そこから私達の関係が深まるのは至極簡単なことだった。私はリーマスを愛しているのだと初めてその行為に至った際に痛感した。愛とは突然湧き起こる。私の知らないところからやって来て、私を着実に蝕んでいた。


「すまないナマエ、私は暫く君に会えない。」

帰り支度をする私に、彼はぽつりと呟いた。それは毎月恒例となっていた。私は内心動揺しながらも、つとめて冷静に気にしない振りで「仕事は?」と聞いた。少し声が震えていたかもしれない。

「店主には申し訳ないが休まなければならない。」
「クビになっちゃうよ?」

顔色を伺いながら彼に言えば、彼は「はは、そうだね、そろそろ厳しいかもしれないな。」と乾いた声で呟く。
今までの私なら相手が何をしていようと干渉することもなく流していたことだろう。しかし今の私はもうリーマスを愛してしまっている。彼が毎月姿を消すことに疑心暗鬼になっていた。何を聞いても答えてくれない彼もまた、私をただの捌け口にしているのではないかという不安を掻き消せずにいた。

「いつも突然消えて、何処に行っているの?ねぇ、何処にもいかないで、お願い。」

縋るようにリーマスの大きな手を握りながら、咄嗟に口をついて出た言葉はか細いものだった。こんな言葉を口にするなんて。答えは分かりきっているのに、惨めで憐れだ。

「それは言えないんだということは君も分かってくれているはずだろう?私を困らせないでくれ、ナマエ。」

私は俯いてリーマスの手をただ見つめていた。顔はあげられない。泣いている顔を見せて面倒臭いと思われるのは嫌だった。昔の自分に戻りたい。何の感情も湧かない私に、リーマスを愛してしまう前の私に戻りたい。こんなに面倒臭い感情なんてなくなってしまえばいいのに。

「冗談だよ、じゃあね、リーマス。」

顔を見られないように数センチ前にいるリーマスへと手を伸ばして、彼を抱きしめた。抱きしめ返す彼のその腕は、何処か弱々しく感じた。


暫くして、リーマスがパブを辞めた。流石の優しい店主も毎月お店に来なくなるのを怪しみ始めてしまったからだ。彼は私に会うことを拒絶した。結局私は彼がパブにいる間の"捌け口"でしかなかったのだろう。もう彼の帰りを朝日が昇るまで待って、泣き疲れて寝るなんてことしなくて済むのだから万々歳だ。私はまた以前の空っぽな私に戻っただけ。
しかし愛を知った後の空っぽは、以前の空っぽな私よりひどく苦しくて痛いものだった。リーマスの温かい微笑みが脳裏に焼きついて離れない。

私は嗚咽を漏らしながら、誰もいなくなったリーマスの家の前でしゃがみ込んでいた。


がらんどう

song by … 吉澤嘉代子







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