ゴドリックの谷に何度目かも分からない夏がきた。あれから結局私はこの町で誰とも結婚することもなくそのまま月日が流れ、歳をとって今はこうして病に伏している。私は窓辺にあるベッドに横になりながら、どこまでも広がる空をぼんやりと見ていた。今日は気持ち良いくらいの晴天だ。白縹色の青空を見上げて、私は「彼」を思い出していた。
私はあの後も密かに彼を待ち続けていたのだ。もしかしたらまた夢の様に、ぽっと現れるかもしれないとそうどこかで思っていた。そしてなにより、あの日「ずっとこの町にいる」と彼に告げた時……あの日から私はこの町に、そして彼にとらわれたままだった。

「アルバス・パーシバル……ダメだ、全然思い出せないわ」

何年も前に一瞬だけ聞いたあの長い名前。私は今それがどうしても思い出したくているのに、年月というものは残酷なもので私のすっかり年老いた脳味噌は過去を思考するのを拒む。こんなに心の一部分を占めているというのに、彼の名前も思い出せないことに虚しさを感じた。

ふと開け放った窓の外から鳥が飛び立つ羽音が聞こえ外を見ると、こんな暑い夏場に一匹、梟がこちらの窓を目掛けて飛んでくる。そして梟は緩やかなカーブを描きながら窓枠に止まったかと思うと、ちょうど窓の真下にある小さなキャビネットの上に何かをくちばしからぽとりと落としてまた飛んで行ってしまった。ベッドから上半身を起こしてそれを確認すれば、落とされたそれの正体は小さなピンク色の花だった。不思議に思ってもう一度窓の外に目を向けると、今度は二匹、三匹次々と梟達がどこからともなく飛んでくるではないか。驚いた私は重たい体を起こして窓に近付いた。
梟は一匹、また一匹と、順番を守るかのように窓に止まっては花を落として飛び立つを繰り返し、終いには窓の下のキャビネットは色とりどりの小さな花で埋め尽くされるほどになっていた。そして白い大きな梟が窓枠に止まって封筒を落として飛び立ったきり、梟の参列はピタリと止んだ。
最後に落とされた封筒を手に取り宛名を見ると、

「A P W B D」

と綺麗な文字で書かれている。身に覚えがない名前を不審に思いながら封を切って中を確認すれば、すぐに誰からの手紙かが分かった。

「ナマエさんへ

お久しぶりです。私は今から60年程前、貴女のお店で良くお花を買っていたアルバス・ダンブルドアです。私のことを覚えていらっしゃるでしょうか?」

私は思いがけず目に飛び込んだアルバス・ダンブルドアの名前に無意識に息を止めていた。そして鼓動が早くなるのを感じながら丁寧な筆跡で書かれた私の名前を確かめるように撫でる。よかった、彼はやっぱり夢の中の人では無かったのだ。
それから次の行に目を移し、「梟達からのお花、気に入っていただけただろうか?」という一文に思わず吹き出した。本当に彼らしいチャーミングな悪戯だと思った。
手紙のその先には、彼が学校の校長先生になったこと、様々な勲章をもらったこと、研究で新たな発見をして貢献したことなど、当時私のお店に来ていた時に話してくれていたようなワクワクする話が沢山綴られていた。
私があの頃感じた「彼は特別な人の中でも更に特別」という感覚は、こうして証明された今ではきっと間違いではなかったのだろう。

しかしその先に続く「優しい貴女は、私がこうして昔の夢や野望を達成出来て幸せだと喜んでいることでしょう。」という文に目を留めた。



「優しい貴女は、私がこうして昔の夢や野望を達成出来て幸せだと喜んでいることでしょう。
しかし私がこうなるまでに、度重なる挫折と苦悩を経験をしなければなりませんでした。そう、私はあの頃ーー貴女と別れたあの頃に、ひとつの過ちを犯そうとしました。否、犯してしまいました。
当時の私は自分の力を過信していました。なんでも出来る気になっていました。そして愚かなことを友と計画してしまったのです。周りが見えていなかった私は、それ故に妹を亡くしました。そうです、妹の死は病気のせいではなかったのです。
それから私は更に貴女に会うことも出来なくなってしまいました。会わせる顔がありませんでした。自分をひどく恥ずかしく思いました。

そしてバチルダ・バグショットさんと定期的に連絡を取っていましたが、貴女が病気になったと最近彼女の手紙で知りました。その時私は貴女に会いたいと思いました。会って謝りたいと。けれど私にはきっとそれは許されないことだと思うのです。だからこうして手紙を書いております。
私は今、窓から星空を見ながら手紙を書いています。星空を見ると貴女の瞳を思い出します。レモンキャンディーを食べると、楽しかったあの頃を思い出します。記憶とはいずれ薄れていく物ですが、貴女とのこの出来事は良く覚えています。それと同時に、再度判断を誤らぬように決して消してはならない記憶だと思うのです。
私の中に貴女はちゃんとおります。貴女の中に私はおりますか?
どうか、お体に気を付けて下さい。

P.S. 私の名前は「Alubs Percival Wulfric Brian Dumbledore(アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア)」ですよ。」




ぽたり、と羊皮紙に涙が落ちてインクが滲んだ。60年目にしてやっと救われたような気がした。彼の中に私の存在がある、それだけで私は充分だったのだ。


まだあなたを愛していたいから目を閉じる

title … 彗星03号は落下した





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