アルバスは2日おきくらいのペースで私のお店にやってくるようになった。それは弟のアバーフォース程のペースではなかったが、私にとってはそれでもとても嬉しいものだった。
そして彼はとても物知りで、私が知らない外の世界のことを教えてくれる。まさに大空のように悠々とした人だった。

「ナマエは、夢や野望はないのかい?」

いつものようにお花を買いに来た彼は、近くにあったバラのトゲをちょんちょんと触りながら唐突にそう聞いてきた。いつもなら彼が見た外国の変な動物や見たこともない植物の話をしてくれていた為、突然のこの質問に私はすぐには言葉が出てこなかった。

「……夢や野望、ですか。考えたことありませんでした。」

「それじゃあ、ずっとこの町にいるつもりなの?」とバラのトゲから視線をずらして私を見つめる彼の表情からは、何を考えているのか到底読み取れはしない。

「多分そうなるんだと思います。……アルバスは?」
「僕?……僕は、やりたいことが沢山あるんだ。今はそれが出来ないんだけどね。」
そう言った彼の瞳はきらきらと輝きつつも、どこか寂しげに見えた。

「……妹さん、早く良くなるといいですね。」
「……そうだね。」

いつか出て行くのは分かってはいたが、いざそのことを考えるとなると悲しくなるのは何故だろう。彼は特別な人間で、私と混ざり合うことは決してないというのに。口では彼の妹の身を案じて早く良くなるといいなどと言ってはみたが、私の心の中で「少しでも長く彼がこの町にいてくれたらいいのに」という感情も少なからず芽生えており、同時に自分のその心の醜さを恥じた。
そしてそれから私は咄嗟に気まずくなった空気を変えようと、今朝お客さんからもらったレモンキャンディーがズボンのポケットに入っていることを思い出し、ポケットが逆さまになる勢いでそれを取り出した。

「あ、あの、これ、今朝お客さんからいただいた物です。沢山あるので妹さんと弟さんにも分けてあげてください。」

ズイっと彼の目の前にキャンディーを差し出せば、「マグルのお菓子?」と不思議そうにそれを受け取った。その時私はまただ、と思った。この間も聞いた聞き慣れない「マグル」というワード。けれど私はそれが何を示すのか、聞けずにいた。なんとなく、踏み込んではいけない気がしたからだ。

「……これ、本当に美味しいの?」
「食べたことないんですか?レモンの味で、少しシュワっとして美味しいですよ。」

少し疑わしげに「ふーん」と言いつつもそれを口に放り込んだ彼は途端に「本当だ、シュワっとする!」と目を細めて笑った。よかった、空気が変わった。
それからそのまま彼はいつものように花を受け取ると、「また来るね。」と笑顔で帰って行った。



しかし、その日を境にアルバスはお店に来なくなってしまった。彼は気まぐれで時々3日程来なかった時もあったが、3日目のいつもの時間に遠くからアバーフォースがやって来るのを見て今回ばかりはその気まぐれのせいではないのだと悟った。
彼は私に小さな声で「こんにちは」と挨拶をすると、それっきり目を合わせないようにお店の中に入って来た。それから私から花を受け取り、お金を払い、出て行く。いつも通りの機械のような動作で彼が後ろを振り向いた時、私は思わず「あの、」と声をかけてしまっていた。

「……何か?」
「あの、お兄さんは……アルバスはどうしたんですか?」

重く慎重に言葉を紡いだのは、きっと彼の表情に苛立ちが見て取れたからだと思う。それから彼はさらに苦虫を噛み潰したかのような顔で

「あいつは碌でもない奴だ。」

と、ただ一言そう言っただけだった。アルバスを兄と呼ぶわけでもなく、名前で呼ぶわけでもなく、ただ「あいつ」と。私は何も言えずに立ち尽くし、彼はそんなことは気にも留めぬ様子でさっさと行ってしまった。
ああやっぱりそうか、彼は行ってしまったんだ。何となく分かってはいたがやはり心にぽっかり穴が空いたようだった。でもこう思えばいい、初めから彼はいなかった。ずっと夢の様な人だったのだから。

彼は夢の人だと思い込むようにして二〜三週間が過ぎた頃、また夢のようにぱっとアルバスはお店に現れた。そしてその隣にはここら辺では見慣れぬ男の子がいて、一目見て隣の彼もまた「特別な人」だとわかった。彫刻のような端正な顔立ちに、金の髪の毛が良く映える本当に綺麗な人だ。

「お久しぶりです。」
「お久しぶりです。お隣の彼は、お友達ですか?」
「はい。君にどうしても会わせたくて。」

そう微笑むアルバスの表情とは裏腹に、隣の彼は少し面倒くさそうに、また珍しい物でも見るかのような表情で私を見ている。居心地の悪くなった私は「……私、あなたはもうとっくにこの町から出て行ってしまっているとばかり思っていました。」と話を切り替えれば、アルバスは飄々とした様子で「うん、出て行くつもりだよ。ただその前に君に挨拶しようと思ったんだ。」と言った。

「この子だよ、この間言っていた僕達のことが分かるマグルの子。」
「へー珍しいね。百発百中?」
「そう、恐らく。あの角の老ぼれサミュエル爺さんまで言い当てたんだから。」

恐らく二人は私の話をしているようなのだが、マグルがどうとか、サミュエル爺さんがどうとか、さっぱり話について行けず置いてけぼりをくらう。二人はしばらく話し込んでいたが、思い出したように私に向き直った。

「僕達、この世界をより良くする為に外に出て行くことに決めたんだ。二人で協力すればアリアナ……僕の妹だってもっと暮らしやすくなれるんだ。」

「な?」と肩を組んだ二人の姿が、こんな片田舎で小さく静かに生きている私にはあまりにも眩しすぎて思わず目を細めた。そして私は悟ったのだ。この世の中には私が交わることのない人達がいて、到底叶わない相手がいる。アルバスの彼を見つめる表情は、私が欲しくても欲しくても手の届かない物だ。選ばれた特別な人間は、守られた特別な世界できっと生きていくのだと。
私は一言「頑張ってください」と言って、レジの下にある小箱からレモンキャンディーを取り出した。前に彼にあげて喜んでもらったあのレモンキャンディーだ。
「僕、これ大好きなんだ。ありがとう。」
そう言って私からキャンディーを受け取った彼の横で、金髪の彼は「マグルのお菓子なんて」と苦々しい顔をしている。その時また飛び出したマグルという言葉が、私を差別している言葉なのだということに私はなんとなく気付いてしまった。何と何を区別してマグルと呼ぶのか、私だけがマグルなのか、よく分からなかったがひどく悲しくなった私は、大好きなアルバスの青い目を見ることが出来なくなっていた。

「いってらっしゃい」

そう俯きながら言った私とは裏腹に「それじゃあまたね」と明るく言う彼。私が顔をあげた頃には、彼の背中は随分遠くに小さく見えた。


妹さんのお葬式の連絡がきたのは、そのお別れの日から二日後のことだった。お葬式に招待されたわけではなかったが、よくお花を買いに来ていただいたお礼にと彼女が好きだったお花を沢山送った。アバーフォースは妹のことが大好きだったからきっとひどく落ち込んでいるはずだ。アルバスは……彼の夢は、どうなってしまったのだろう?妹さんの住みやすい世界にすると言っていたから、きっと彼もショックを受けているのだろう。そんなことを思いながらその日は中々眠りにつくことは出来なかった。
そして当たり前だが、アバーフォースはパタリと私のお店にやって来なくなった。

夏の終わり





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