私の両親はゴドリックの谷で小さな売店兼お花屋さんを営んでいた。ついこの間学校を卒業したばかりの私は卒業を機にずっと憧れていたロンドンに移り住むことも一時は考えたが、ロンドンに出てもやりたいことが特に無かった為両親に説得され、結局実家のこのお店の手伝いを始めることにした。

ゴドリックの谷はイギリス西部にある小さな村で、お店も少なければ住んでいる人も少ない。いつだったか「ゴドリックの谷は呪われた村だ」なんて言われたこともあったが、なんてことない穏やかで静かな村だ。時々静かすぎてつまらなくも感じるが、私は生まれ育ったこの村がなんだかんだ言いつつ好きだった。きっと私はこのままなんとなくこの小さな店を継いで、なんとなく誰かと結婚してなんとなく一生を終えるのだと思う。漠然とした未来に抗うこともなく、波に揺られる海藻の様にただただ流されるだけなのだろう。

そしてそんな私とは対照的に、このゴドリックの谷には特別な人達が住んでいることに私は働き始めてから気が付いた。何が特別なのかは上手くは説明出来ないのだが、私のような凡人とは違うと感じる何かがその人達にはあるのだ。それは私が幼少の頃では気が付き得ない些細な違いだった。

私は今日もその「特別な人間」のうちの一人である、アバーフォースの為に花を選んでいた。アバーフォース・ダンブルドアは私より3つ年下で、毎年学校が夏休みになると病気で寝たきりの妹の為に私のお店に花を買いに来てくれる男の子だ。彼の家は何だか訳があってこんな田舎町のゴドリックの谷に引っ越しをしてきたらしく、時々あまり良くない噂もこういった商売上耳にしたことはあったが、妹の為に花を選ぶ彼の姿はまぎれもなく優しいお兄さんそのものだった。
彼は愛想が良いとはとても言えない少年だったが、何度か顔を合わせて挨拶を交わすうちに彼もまた私とは違う「特別な人間」だと気が付いた。それはその仕草のせいか、年齢のわりに落ち着いていたからなのか、未だに良く分からないのだけれど。

彼が妹に良く買って行く花を何輪か選んで束ねていたが、いつもの時間に彼はやって来なかった。しかし代わりに今日は彼のお兄さんがここへ訪れた。一目見ただけで、彼がアバーフォースのお兄さんだと分かったのは、きっと彼もまた綺麗な青い目をしていたからだろう。

「こんにちは。いつも弟がお世話になっております。」

彼は端正な顔を綻ばせながら丁寧に挨拶をした。私は瞬時に「あ、この人も特別な人なんだな」と感じ、更には「きっと私はこの人のことが好きになるな」と思った。そう思わずにはいられないくらいに彼は魅力的だったのだ。田舎町で何年も過ごしてきた私はこんなに素敵な人を今まで見たことがなかった。
彼は「妹がここの花じゃなきゃ嫌だって言うんだ」と少し面倒くさそうに言いながら私から花を受け取ろうとした。その時私はつい、彼の真っ青な、空よりもずっと青く澄んだ瞳に見とれてしまった。ゴドリックの谷の空はいつも曇りがちで、時々晴れるけどこの瞳のように綺麗な青空は今まで一度だって見たことはなく、アバーフォースも同じ青だったけれど彼のはもっと更に青い。不思議だけどそう感じたのだ。
私の情熱的な視線に彼は少したじろいながら「僕に何か?」と問うたので、私は焦って受け渡そうとした花束を落としてしまった。

「ごめんなさい。ただ、すごく綺麗なブルーの瞳だったから、つい。」
「僕の瞳が?」
「はい。この町の空よりずっと綺麗です。」

落ちた花束を拾いながらそう言えば、頭上から吹き出すような笑いがこぼれた。不思議に思って背の高めな彼を見上げると、彼は「たしかにゴドリックの谷は天気が悪い」と言いながら相も変わらず笑い続けている。それから私の目を吸い込まれそうなくらいに真っ直ぐに見て、「君の瞳も綺麗じゃないか。僕が青空なら君は夜空の色だ。」なんて言うものだから、私は本当にそのまま彼の瞳に吸い込まれてしまって、今にもその瞳の中の空を飛んでしまうのではないかと錯覚した。

「それなら私達きっと正反対ですね。」
青空と夜空は混ざり合わない。きっと私達もそうなんだろうと少し悲しくなりながら言えば、「そうだね、でも青空も夜空も、どちらも大切な存在さ。」と彼は優しい顔で言った。その顔を見た時に、私はこの町で「特別な人間」を沢山見てきたけど、この人はその中でも更に「特別」なのではないかと強く感じた。それはただ私が彼に好意を抱いているからなのかもしれないが。

「……あの、こんなこと言ったらまた笑われると思うんですけど……私、時々特別な人間が分かるんです。」
「……特別な人間?」
「はい。あなたの弟もあそこの角にずっと一人で住んでいるお爺ちゃんも。私とは違うんです。」
「僕の弟も?何が違うと思うの?」

「うーん、何が違うと言われても説明出来ないんですけど……」と言い淀みながら彼の表情を見れば、異常な物でも見るような顔でも、笑うわけでもなく、少し驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべている。

「あの、つまり、何が言いたいかと言うと……その特別な人達を見てきた中でも、あ、あなたは、特に特別な人な気がするんです。」

告白紛いな私の言葉に、彼が更に目を真ん丸にしたのを見た。自分でもおかしいのは分かっている。「特別な人間」は恐らく私しか感じない物だから。しかし彼は再び大きな声で笑い出したのだった。

「確かに弟は変わっているし、僕は更に変わり者だ。でも君も変わってるって良く言われないかい?」
「え、いえ、私はあなた方とは違って特別な人間でもないし、ただの凡人です!」

何がそんなにおかしいのか、腹をかかえて笑う彼にやっぱり私の頭がおかしいと思われてしまったのかなと落ち込んでいると「まぁでもそれもあながち間違いではないよ。」と少し笑い止んだ彼が言った。

「久々に面白いマグルの子に出会ったなぁ。そうだ、気分も良いし卒業報告にバチルダさんに花を贈ろう。このお店は配達もしているんだよね?」

「マグル」という聞き慣れない言葉に頭にはてなマークを浮かべながら「はい、配達もしております。」と答えれば、「じゃあ適当に花を見繕って下さい。お金はこの花と一緒に払うので。」と彼は丁寧な口調で答えた。

「ではバチルダ・バグショットさんのお家に配達ですね。宛名はどうしますか?」
「僕の名前で。アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。」
「あ、はい、えーっと、アルバス・パーシバル……」
「ウルフリック、綴りは W・U・L……」
「はい、ウルフリック……」

にっこりと微笑みながらスラスラと流れ出る彼の名前に困惑しながらも覚束ない様子で用紙に一生懸命名前を書き込む私に、彼はまたしても吹き出し、笑い声をあげた。

「……え?」
「ごめんなさい。ただ一生懸命書き込む君が面白くてさ。」

そう言いつつ尚も笑う彼に少しムッとする。人の真剣な姿を見て笑うだなんて、彼は少し意地悪らしい。
「もう一度お名前を教えていただければ、私ちゃんと書けます!」とムキになって言えば、「フルネームで言ったのはジョークさ。長いから宛名は"アルバス・ダンブルドア"で。」とお金を払いながら悪い顔で笑い、「明日また来るよ」と颯爽と去ってしまったのだった。


白縹色の夏





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -