鼻を刺すような薬品の臭いが充満する魔法薬学の教室で、隣で鍋をかき回すネビルがわずかに震えていることに私は気付いていた。

「体調悪いの?大丈夫?」

私の問いに「……大丈夫」と答えた彼の表情は明らかに大丈夫ではなさそうで、もう一度声をかけようと思った時にはすでに遅く、ネビルの鍋は爆発し私の記憶もそこで一度途切れていた。

これがネビル・ロングボトムに対する最低な記憶である。
「ネビル・ロングボトム+魔法薬学」という組み合わせが最悪だということは5年生ともなった私達にとっては今や言わずと知れたことだ。だから私は隣の席に座ろうとするネビル・ロングボトムを見上げて思わず「うわ」と声をあげてしまったのだ。

「……あ、ごめん。違う席にするよ」

私と目が合った彼は決まりの悪い表情でそう言い立ち去ろうとした。何それ、なんだか私とっても感じが悪いじゃないか。私は思わず、「いいよ、座って」と口走っていた。一方彼はというと、座るなり早々となんだか緊張した面持ちで居心地の悪そうにしている。きっとあの時のことを思い出しているのだろう。ネビルはとっても分かりやすい。彼は苦手な人が近くにいると、失敗を起こしやすいのだ。

ネビルの緊張は、スネイプ先生が教室に入ってくることにより最高潮に達していた。ネビルが薬草を切り刻む時に自分の手まで切り刻もうとしているのを見た時には、私は隣に座ることを許可してしまったあの時の自分を心底恨めしく思った。
覚束ない様子で明らかに放心しているようにも見て取れる彼に一抹の不安を覚えながらも作業を続けていると、隣でネビルが「あっ」と声をあげた。嫌な予感がして隣を見れば、予感的中、ネビルの鍋がぶくぶくと沸騰し始め次の瞬間には大きな音を立てて爆発したのだ。

私の頭の中では当時の記憶がフラッシュバックしていた。あの最悪の記憶だ。あぁ、これだからネビルの隣は嫌だったんだ。あの熱湯をかぶったらすごく痛いのは目に見えている。そうして半ば諦めかけた時、突然目の前に大きな背中が現れた。そして息もつく間もなく私は後方へと押し倒されていたのだった。
その背中がネビルのものだと気が付いた頃には、ネビルは呻き声をあげてかがみ込んでいた。

「ネビル、ネビル大丈夫?」

急いで近付けばネビルの腕はひどい火傷を負っており、その抉れたような火傷に思わず息を飲んだ。教室ではスリザリン生がからかうように笑い合っている。私はスリザリン生を一度睨み付けると、スネイプ先生に「医務室には私が連れて行きます」とだけ言い残し、ネビルの手を引いて教室を飛び出していた。

階段を駆け上がりながら、後ろで「ねぇナマエ、僕1人で行けるよ、だから教室に戻って……」と宣うネビルに「うるさい。怪我人は黙ってて。」と一喝すれば、いつものような困った表情でそれっきり何も言わなくなってしまった。しばらく私達の間に気まずい空気が流れる。

まさかネビルが私を庇ってくれるなんて思いもしなかった。あんなどんくさくてノロマなネビルが。そしてなにより、私が思ってた以上にあの時の彼の背中はとても逞しかったのだ。そんなことを考えながら歩き続けていると、ふと、彼がぽつりと話し始めた。

「今日また僕は君に怪我をさせてしまうところだった。」
「うん、でも庇ってくれたじゃない。」
「それじゃ駄目なんだ。僕、緊張するとすぐ失敗しちゃうし……」

そう言いながら急に立ち止まったネビルを振り返れば、ひどく思い詰めた表情をしていた。

「今回は私も悪かったよ。ネビルが苦手な人が近くにいるとすぐ緊張して失敗するってこと知ってたんだけどさ……」

そこまで言うと、ネビルは「苦手な人?」と不思議そうな表情をしているので、「そうだよ、スネイプ先生と私。」と言えば、ネビルは「まさか」という表情でこちらを凝視した。いや、それはこちらのセリフだ。てっきりネビルは、スネイプ先生はさておき、私のことが苦手なのだと思っていた。しかしネビルの表情を見る限り、嫌われてはいないようだ。

「苦手?まさか。僕寧ろ……寧ろ……うん、違う意味で緊張していたから。」
「違う意味?何それ?」

「それはその……」ともごもごと口をつぐみ、真っ赤になるネビルにつられ、なんだか私も赤くなってしまう。そんな表情されたら、まるでネビルは私のことが好きみたいじゃないか。

「えっと、んじゃ、僕、1人で医務室行ってくるから、ナマエはちゃんと教室戻ってね、グリフィンドールが減点されちゃう。」
「うん、でも、た、多分今から戻ってもどうせ減点だと思うけど……」

そうだね、と照れ臭そうに笑った後、バイバイと走り去るネビルの背中を見つめながら、私は思いがけない速さで脈打つ心臓のあたりを、ぎゅーっと押さえつけていたのだった。


あなたの背中が思ったよりも大きくて、背も高くなっていて、そして、





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