彼とこんな行為に及んだのは何故だっけ?
後方で馬鹿みたいに腰を振り続け「ナマエ、ナマエ」と呻いているその彼を他所に、こんなことを考えている自分に思わず笑いがこぼれる。本当、馬鹿みたいだ。



「どうしたの?元気ないね」

久しぶりに会ったひどく落ち込んだ様子の友人に、私はティーカップを片手にそう尋ねた。

「シリウスが浮気しているかもしれないの」
「最低ね。そんなの別れちゃえばいいんじゃない?」
「それが、証拠が無くて……彼は絶対にそんなことはしないって言うし」

言い訳がましく弁解する彼女に少し呆れてしまった。私は友人がその彼、シリウス・ブラックにベタぼれだということを良く知っている。きっとどこか認めたくない気持ちがあるのだろう。

「それなら、こんなのはどう?私が囮になるのよ」
「囮?」
「そう。結果はしっかり報告するわ。これなら証拠もばっちりでしょ?」



――昨日の会話がフラッシュバックした時、彼が一段と大きな呻き声をあげた。合わせるように私もよがり声をわざとらしくあげる。
酔いが醒めきれずに朦朧としていた頭は、彼が果てるのと同時に背中に爪を立てたことによってすっかり冴えてしまった。
嗚呼、何故私はこんなことをしてるのだろう。

覆い被さるように倒れ込むシリウス・ブラックの胸板を背中に感じながら枕元で優しく灯る電灯を見つめれば、シリウス・ブラックは振り向かせるように無理矢理私の頬を掴み、唇を重ねた。数秒が数分に感じるくらいの長い口付けに目眩を感じ、それからゆっくりと離れた顔を見つめる。初めてまじまじと見たその顔は彫刻のように端整な顔立ちで思わず見惚れてしまうほどだ。その灰色の瞳に吸い込まれそうなくらいに見つめられ、思わず目を反らしてしまった。こんなに顔が熱くなるなんて私らしくもない。
シリウス・ブラックは「ナマエ、おやすみ」と優しく微笑むと、そのまま空いている私の隣に横になった。

電灯が消えた部屋は、先ほどまでの甘い雰囲気すら嘘のようにすっかり暗闇に吸い込まれ、そして静寂に包まれた。彼の横顔を気付かれないようにそっと盗み見る。

友人の彼氏だと言うことを一瞬、忘れかけるところだった。それくらいシリウス・ブラックは噂通り魅力的な人だ。決定的な欠点は、こうして彼女の友人である私と体を重ねたというところだろうか。
しかし体を重ねることすら私にとっては任務であり、私はただの囮にすぎない。その事実に何故だか胸が締め付けられるように息が詰まった私は、彼が寝ていることを確認して静かに起き上がった。
長居は無用なのだから。
暗がりの中手探りで下着と服を探し出し、もたつきながらもなんとか着替え終えた私はソファーに置いてあった鞄を肩にかける。それからもう一度ベッドを振り向けば、シリウス・ブラックは相変わらず暢気に寝息を立てていた。彼はどんな気持ちで明日、目が醒めるのだろうか。

ベッドサイドに立った私は頬を伝う温かい水滴を拭いながら、彼の額に優しく口付けをした。







せめて彼が真実を知るまでは、この日のことが良い思い出でありますように。


Song by … 囮/シド



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