――アグアメンティ
そう彼女が唱えたのを皮切りに、私に向けられた四方八方の杖から勢い良く水が溢れ出す。呼吸も絶え絶えに口を開ければ、それは私の喉に流れ込み吐き気を催した。咳き込みながらその彼女等を睨み付ければ、水壁で歪んだ視界からでも分かるほどに恐ろしい笑みを浮かべている。それはまるで狂気に満ちたような表情だ。つんざくような笑い声が耳を刺す。嗚呼やめてくれ、そう願ったのもつかの間、酸欠状態になった私は汚ならしいトイレの床に膝から崩れ落ちた。

「死んだんじゃないの?」
「起きなさいよ、ほら!この穢れた血!」

朦朧とした意識の中で、こめかみをぐりぐりと踏まれているのを感じていた。不思議と痛みはない。いっそこのまま死んでしまえたらいいのに。今なら痛みも感じないのに。――――そんなことを考えていた時、突然私の頭を踏みつけていた足が離れた。どうやら頭上で誰かと揉み合っているようだ。怒号が水浸しの床に反響し途切れ途切れ聞こえてくる。

「――穢れた血」

その声がはっきりと聞こえた。穢れた血が私の他にもう一人いるのだろうか?馬鹿な子、こんな使われていないトイレに入ってきてしまうなんて。そう頭を持ち上げて頭上を見上げた私の目に写ったのは、真っ赤な髪とトイレから逃げるように出ていく彼女達だった。


「大丈夫?」

赤が振り返り、しゃがみこんだ。彼女は私が後ろ姿たから想像していたよりも美しい女性だった。髪の赤と瞳の緑が、不思議と調和し合っている。ふと、彼女の胸元に監督生バッチがきらりと輝きを放っていることに気が付いた。なるほど、彼女は上級生らしい。

「立てる?一緒に医務室に行きましょう。」

そう言って差し出された彼女の手を握る。ずっと水浸しになっていたせいか、その手がとても暖かく感じた。彼女は私の手を引きながら、優しく微笑んでいた。

「あなたは、私を助けて良かったの?」

何故そんなことを聞いたのかは自分でも分からない。彼女は監督生なのだから助けるのが義務なのも分かっていた。それなのに何故だか、それだけであって欲しくないと思っている自分がいたのだ。

「あんな目に合ってるあなたを助けないわけがないわ」

何ともないように笑う彼女を見て、思わず彼女の手を一層強く握りしめる。彼女は何となく周りの人とは違うと感じた。彼女ならきっと大丈夫。

「あ、あなたの名前は?」
「リリーよ」

そう言って微笑んだ彼女の瞳が、一瞬、宝石のように輝いて見えた気がした。







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テーマ「人外ファンタジー」
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