ああ、畜生、腹が立つ。
苛々して思わず地団駄を踏んだ。
こんなにも沸点が低いのは女の子としてどうかと思うが、パンジーに「ナマエ、あんたもっと女の子らしく振る舞ったらどうなの?一緒にいて恥ずかしいわ!」とキーキー喚かれた後でかなり苛立っていたのでドラコのあの態度は私を大爆発させるのには充分だった。

何が「君は本当に女か?僕の母上が君を見たら何とおっしゃるか」だ。その上「君の両親の顔が見てみたいよ」だなんて。
口を開けばすぐこれだ、父上が〜母上が〜って両親の話ばっかり。たまには自分の自慢でもしてみたらどうなんだ。こっちこそあんたのご自慢でご立派な両親様の顔が見てみたいものだわ。
そこまで悪態をついた時、そういえば前にキングス・クロス駅でドラコの両親に会ったことがあるのを思い出した。確かお母さんはブロンドヘアーの美人だったな…

ふとなんだか一瞬ドラコの嘲笑顔が頭に浮かび、腹の奥がムカムカした私はちょうど近くを通ったグレンジャーのスカートを勢い良く捲ってやった。(後ろでグレンジャーが何か騒いでたけど無視だ)
グレンジャーのやつ、色気付いちゃって。なんだかもっとムカムカしてきた。もうこの世界にはムカつかないやつなんていないんじゃないかってくらいに、今凄く苛々している。こういうところが女の子らしくないって言うのはちゃんと自分で分かっているんだけど。


湖の畔まで下りて、近くにあった大きな石を持ち上げた。こういう時は魔法は使わない。魔法を使って軽々持ち上げたってストレス発散にならないから。ストレス発散したい時には何か壊したり殴ったり、とにかく力まかせに行動するのが一番いいと思うのよね私。
 石の重みに耐えられずに痙攣する腕を無理矢理振り上げ、私は湖に向かって石を投げ入れた。

…ドボン

水しぶきをあげて、湖の底に沈んでいく石をぼんやりと眺める。
今の私は石と同じだ。気分どん底ってやつ。何か気分を上げてくれるような出来事が起きないかな。
すると私が石を投げ入れたところから数メートル離れたところに、大イカの足が一瞬見えた。
もしかしたらあと少しで仕留められるかもしれない。あの距離だ、もっと勢い良く投げれば…

よいしょ、とまたさらに大きな石を持ち上げ振りかぶろうとしたまさにその時突然「ナマエ!」と声を掛けられ、驚いた私は手から石を滑り落としてしまった。それも自分の足の上に。

「いっったぁぁああああ!」
「大声を出すな!」

癪に障るような聞き覚えのあるその声に勢い良く振り向くと、予想通り、ドラコが腕を組み木にもたれかかるようにして立っていた。
顔中に皺を寄せて不機嫌な顔をしているドラコはまさに「お前は馬鹿か」と言いたげで、一旦落ち込んでいた私の腹の虫は再び激しく暴れ出し始める。
こいつはとりあえず私を苛立たせなくては気がすまないらしい。
足は痛いわドラコはムカつくわでなんだか自暴自棄になった私は足の上にのし掛かっている大きな石をもう一度持ち上げ、ドラコ目掛けて投げ飛ばそうとした。

「おいナマエやめろ、やめろって言ってるだろ!」

後退りして木の影に隠れたドラコの哀れな姿を一瞥し、嘲るようにわざとらしく鼻をならす。いつもの仕返しだ。それから石を下ろした私の姿を見て安心したドラコは先程までびくびくなどしていなかったかのように肩を威張らせて木の影から出てきた。本当におめでたいやつだわ。

「あらドラコ、いつものちっちゃくてかわいい腰巾着2つはどうしたの?落としちゃったの?」
「あいつらは置いてきた。」
「そう、ということは私と一対一で闘う気になったってことよね。言っとくけど私素手だったら絶対あんたより強いから。」
「ちょっと待ってくれ、僕はナマエと闘う気はない。」

「何よ弱虫!意気地無し!」と叫べば、ドラコは「僕は女性には手を出さないんだ。」と訳の分からないことを宣った。どうせまた父上様にそう教わっただとかなんだとか言うんだろう。親子揃って気色の悪いフェミニストめ。

「まぁ、良く言うわね。いつもは散々グレンジャーのこと苛めてるくせに。」
「あの穢れた血は別だ、あいつは女じゃない。」
「酷いわ。グレンジャーさんとっても可哀想。」
「そういえばさっきグレンジャーがナマエの悪口を言ってたけど、お前また何かしたのか。」
「グレンジャー許さない次会ったらパンツも下ろしてやる!」
「それは一向に構わないと思うけど、それによって君の女性としての品格が疑われる。」
ドラコがまた嘲笑を浮かべた。
「パンジーもあんたも何なのよ、女の子らしいって何?」
「石を投げたりしないこと。」

そう偉そうに言うドラコになんだかムカついて叩こうとしたが、ドラコはそれを軽々と避けて「手を出さないこと。」とまた嘲り笑いを浮かべた。クソ。

「…あんたね!」
「そうだ言い忘れてた。パンジーが君に謝りたいんだとさ。」
「…私に?あのパンジーが?それ本当なの?」
「まぁ、あんなに大暴れされれば誰だって謝りたくもなるだろ。」

ああ、凄くぶちギレたのは確かだけどパンジーが謝るほどに私は怖かったのだろうか。なんだか少しショックだ。と言うか、そもそも私の導火線に火を付けたのはドラコであってドラコも私に謝るべきではないのか?ていうか許したつもりないのに何こいつ普通に話しかけてきてるの。

「じゃあドラコ、あんたも謝りなさいよ。」
「嫌だね。何故僕が頭を下げなきゃならない?」
「悪いことしたら謝るっていうことはご両親に教わらなかったのかしら。他のことは沢山教わっているくせに。」
「僕は悪いことをしていない。」

こいつ本気で言ってるのか?
にわかに信じ難くドラコを凝視すれば、彼は相変わらず涼しい顔で「さてと…」と言った。

「ナマエ、帰るぞ。」

そう言いながら差し出された手をさらに凝視する。一体何のつもりなのだろう。
 そんな私のリアクションにドラコはやれやれと露骨に演技したようにため息をつくと、「女性らしくありたいならばここで普通は素直に手を取るものだ。」と口元を嘲るように歪めた。嗚呼もう、本当に、ドラコのその表情や態度には腹が立つ。大嫌いだ。それに、こいつの言いなりになるのはなんか嫌。ムカつく。ムカつくけど…


「女性らしくするって面倒ね。」

差し出された手を掴んでそう言った。ちょっと恥ずかしかったから俯いたけど、ドラコはそれに満足気に笑うと、私の腕を引き歩き始めた。本当、図々しいやつ。
でも「大人しくしている方が君はかわいいな」と何でも無いように言うもんだから、まぁ今回のことは水に流してやることにした。
こんなところパンジーに見られたら半殺しにされちゃうな。



淑女の嗜み



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -