シリウス・ブラックが死んだ。
その話が耳に入るまで、時間はかからなかった。それは私が死喰い人のメンバーだからと言うのもあるが、それ以上にベラトリックスが喜びを隠せずそのことを触れ回っていたからだ。

「ベラ、貴女がそんなに嬉しそうなんて珍しいわね。何か良いことがあったの?」
「シリウス・ブラックが死んだんだ!」

ニタリと笑うその表情に、ざわざわと全身が粟立った。彼女は良くも悪くも子供である。善と悪の違いも分からない赤子のような女。そんな赤子が、人が死んで喜んでいる。なんだかとても奇妙だ。
私は彼女に精一杯の作り笑いを浮かべて「そう、それは良かった。今夜はお祝いね。」と言うと、脇目も振らずに廊下を歩き出していた。私が何処に行くべきかはもう分かっている。
目的の部屋の前に立ち、ノックをしようと腕を僅かに振り上げれば中から「入れ」と言う言葉と共に扉が独りでに開いた。

「どういうことなの!」
「…何のことだ?」

入るなり、私は彼…ヴォルデモートを怒鳴りつけていた。
ヴォルデモートはソファーに座り涼しげな表情をしている。

「とぼけないで。シリウス・ブラックよ。何で死んだの?」
「ああ…あいつか…私は何もしていない。ヤツは勝手に死んだ。」
「…これで貴方が私を裏切るのは2回目よ。」

そうだ。また裏切られたのだ。
1回目は、ポッター家襲撃の時だった。あれほどまでに止めたと言うのに彼は私の忠告や願いを全て無視し、そして自滅した。
最初は自業自得だと喜んだが、すぐに彼が居ない寂しさや悲しみに心を支配され、結局こうして彼の元に戻ってきていた。私は彼を愛してしまっているのだ。

「まだ気にしているのか。だからあのことに関しては私もお前の話を聞き入れるべきだったと思っていると言っただろう。」
「そういうことじゃなくて。貴方シリウス・ブラックには手を出さないって約束したわよね?」
「ああ。“もしあちらが攻撃を仕掛けてこなかった場合”と、付け足したはずだが。」
「…もういいわ。」

私は深い溜め息を吐き出し、その場に座り込んだ。ひんやりとした床に足が触れると、なんだか一気に現実に引き戻された気分だ。
視界の隅に見える骨と皮だけで出来た彼の足の親指を、愛おしげに思いながら考えた。私は彼を愛しすぎて、まともな判断も出来ない状態にある。その決定的な事実として、私は既に彼を許していた。かつての親友や学友が殺されようとも、私はこうして彼を許しているのだ。しかしどうしても、それが正しいか正しくないのかと脳裏をちらつかせる厄介な何かがあった。…それは紛れもなく、ダンブルドアだ。

「あいつのことは考えるな。」
「人の心を勝手に読まないで。」
「読まなくとも分かる。ここでは特にな。」

蛇の様な目を細めてそう言うと、細長い指を組んだ。
きっと私には彼しかいない。そう自分に言い聞かせれば、先程まで脳内をふわふわと浮遊していたダンブルドアの顔がたちまち悲し気に、霧のように消えてしまった。
次の瞬間、彼への愛が忘れかけていたかのように一気に私の心へ溢れ出した。これで良い、私は彼を信じているのだ。例え彼が私を何度も裏切ろうと。


「…もう裏切らないでね。」
「分かっている。」

私は彼の指先から目を反らして立ち上がると、彼に近付きそれから頬を彼の顔まで寄せた。

「約束の印、キスして。」

唇の無い口が近付く。頬に心地好く触れたかと思うと、すぐに離れてしまった。まるで私達の関係の様だ。きっと彼はまた私を裏切るのだろう。そして私はまた彼を許すのだ。




Judas ╋ Holy Fool
(ユダと佯狂者)