髪を結い上げるのも、前髪もうざったくて、無意識のうちにハサミへ手が伸びていた。
―――ザクリ
真っ黒な髪の毛は頬を掠め、虚しそうに足元に散らばる。お風呂上がりで裸のまま鏡の前に立ち、髪を無表情で切り刻んで行く自分の姿は何とも奇妙で滑稽なのだが、私は依然表情を変えず死んだような目をしたままだ。こんなに虚無感でいっぱいになるのはいつぶりだろう。ああそうだ、リリーがジェームズのデートの誘いを初めて受けた時だったか。そんなことを考えながら適当に切り刻んだ自分の髪をぼんやりと見つめ、それから身体に付着した髪を払い落とした。
下着を付け、寝室に向かう時にふとリリーがこのざっくばらんな髪型を見てどんな反応をするのだろうかという不安が脳裏を掠めた。
…リリーは怒るだろうか?
「ちゃんと美容室で切ってもらわなきゃ駄目じゃない!」
――少しお節介な彼女なら言いそうな台詞だ。
それとも呆れるだろうか?
「もう、ナマエったら…」
――これも彼女ならば言いそうな台詞である。
そしてやっぱり、悲しむのだろうか?

悲しむ彼女の姿が浮かんで罪悪感で押し潰されそうになった。彼女の大事な晴れ舞台だというのに私がぶち壊してどうする。
しかし机の上に無造作に置かれた招待状に目を向けた時、(そこにしっかりとした筆跡で書かれた結婚の文字を見た時)どうしてもぶち壊してやりたいと言う気持ちがじわじわと込み上げてくるのを感じた。正直二人の結婚を喜んでいないのは確かである。それでも、リリーの悲しむ顔が脳内を掠める度に私の中の善が私を一歩踏みとどめてくれている現状なのだ。


…こんなくだらないことを考えるのはやめてしまおう。私はクローゼットから新調したシンプルなドレスを取り出した。全裸で繰り出してやろうかとも考えたのだが、このドレスは少し高かったし何せ後に私自身がその時のことを思い出す度に恥ずかしさで死にたくなってしまうだろうからという理由でそれは諦めた。
全身鏡の前に立ってみると、何を期待したのか私はやっぱり相変わらず不細工だった。せめて見てくれだけでも良くしようとヘアクリームに手を伸ばし、手に塗りたくって髪にベトリと付ける。髪を纏めてみたが、これでマシになったのかどうかは私には分からない。
軽く化粧をし、時計に目を向ければ式の時間まであと15分しかなかった。私は急いでハンドバッグに物を詰め込み、履き慣れないヒールに足を通して素早く立ち上がった。(素早く立ち上がりすぎて膝から変な音がした。)
気分を落ち着かせる時間を作るためにゆっくりではあるが電車に乗って式場のある場所まで行こうかと思ったが、時間もあまり無いのでやはり姿あらわしするしかないのだろう。鍵を掛けて外に一歩踏み出した瞬間、私はバチンという音と共に姿くらましをした。


「なんだその髪型」

姿あらわしをして最初に出会したシリウスの眉間には皺が刻み込まれ、明らかに苦々しい表情をしていた。そんな彼はスーツ姿がとてもキマっている。なんだか自分が惨めに思えた。
「これでもマシな方だよ。」とシリウスに告げれば、更に苦々しい顔をした、ということは言うまでもない。

「何で髪切ったんだよ?」
「…イメチェン。」

ふと前に目を向けると、数メートル先にリリーとジェームズが老人と話し込んでいるのが目に入り、久しぶりにリリーに会えた喜びとは裏腹に思わず拳を強く握りしめていた。あまりに強く握りしめたので、掌に爪が食い込んで少し痛んだ。

「リリー」
「…ナマエ!」

リリーは驚きと喜びが入り交じった変な表情をした。その表情がなんだか面白くて、自然と笑顔になる。笑うのが久しぶりすぎて、顔が引きつったかもしれない。
それからリリーはゆっくりと微笑んで、「ショートカットも似合うのね、綺麗よ。」と言った。




髪を切りました。


髪を切りました。だって彼女とお揃いの髪型にしておく理由がなくなってしまったから。それでも、やっぱり彼女には敵いません。私はいつの間にか彼女に祝福の言葉を口走っていたのです。




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