談話室に溢れる喧騒から背を向けるように、肘掛け椅子に深く沈み込んで「十八世紀の呪文選集」と書かれた本の表紙を開いた。
分厚く黄ばみがかった古臭いこの本のページを一枚一枚捲りながら挿し絵の魔法使いが素晴らしいことを成し遂げ満足気な顔をする度に、その顔を塗りつぶしてしまいたくなる衝動に駆られる。
本当はこんな本に興味はない。
誰かが机の上に置きっぱなしにしてあったのを手に取っただけで、私の意識は本の内容とは関係のないことに向いていたのだ。

私は背中を掻くフリをして後ろを盗み見た。暖炉の前に人だかりができており、何やらクッキーやチップス(恐らくフレッドとジョージが発明した悪戯商品だろう)のことで騒いでいる様子だった。
その中心で、一生懸命商品の宣伝をしているフレッドがいる。


「お嬢さん、元気が出るクッキーお一ついかが?」

突然降りかかってきた声に驚いて顔を上げると、ニヤっとした顔をしたジョージが肘掛け椅子にもたれ掛かるようにして立っていた。その手には何やらクリームがべったりと塗りたくられたクッキーが乗った皿を持っている。
私はわざとらしく音をたてて表紙を閉じ、ため息を吐いた。

「読書してるの。邪魔しないで下さるかしら?」

そう言って睨み付ける私の顔を見て、ジョージはより一層ニヤりとした表情を顔に貼り付けた。私には分かる、こいつはこのクッキーを(というよりそれに塗りたくられたクリームを)私に売り付けるつもりなのだ。

「それにしては随分と辛気臭い顔してるな、怪しいぞ。やっぱりそんな時こそこのクッキーを…」
「結構です。私は元からこんな顔なの。それにそれカナリア・クリームでしょ?あんた達の方がよっぽど胡散臭くて怪しいわ。」
「おっと、それは心外だな!俺とフレッドが試行錯誤を繰り返し完成した悪戯グッズだと言うのに」

「フレッド」という名前を聞いて一瞬だけドキリと心臓が跳ねる。それから私は何だか急に気まずくなり、ジョージから目線を反らした。気まずいのも何もかも、フレッドとジョージが双子でそっくりだからであり、なんだか後ろめたい気持ちがあるからだ。何故後ろめたいのかは自分でもよく分からないが。
そんな私の異変に気が付いたジョージはすかさず状況を把握した様で、いつものように企みを含んだ怪しい笑顔を浮かべた。


「なーんだ!もしかしてまだあのこと気にしてるのか?」
「何が?」
「フレッドがアンジェリーナをダンスパーティーに誘ったこと!」
「は?そんなわけ…」

私はそう言いつつ、未だにジョージの目を見れずに彼の鼻の上に広がったそばかすを見つめていた。
正直言って図星だ。
ずっと二人のことを気にしている自分がいる。

「こんなにそっくりな奴が今君の目の前にいるじゃないか。慰めてやるから元気出せよ!」

ジョージはそう言って笑ったが、私は笑う気になれず俯き、それからまた彼のそばかすを見た。
色素の薄い肌にうっすらと平和に浮かぶ斑点を見ていると、なんだか全てが馬鹿馬鹿しく感じて不思議と落ち着いた気分になる。
そしてゆっくりと視線をジョージの目に合わせ、改めた気持ちで彼の顔を見ると、その顔がフレッドとは全然違うということに初めて気が付いた。今の今まで、何で気が付かなかったのか不思議なくらいだ。私はジョージをどんな風に見てきたのだろうか?二人がこんなにも違うということに気が付けなかった自分が何だか恥ずかしくなった。


「それにほら、カナリア・クリームがあればたちまち元気に…」
「…分かった。カナリア・クリーム一つ買う。」
「お!よし、そうこなくっちゃ。7シックルいただくぜ!」
「それから次のホグズミード、ちょっと付き合ってよ。」

さらっと付け加えた私にジョージはそばかすの斑点と同じくらいに目をまん丸に見開き、それから先程と同じような顔でニヤりと笑った。

「違う、そういうんじゃないんだから。ただゾンコで悪戯グッズを沢山買ってフレッドに送りつけてやるだけ。それ選ぶの手伝ってってことだから。」
「そんな長々と説明してくれなくても勿論承知してるぜお嬢さん」
「ああ本当にあんたらってムカつくわ」


そばかす



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -