ハウスエルフ
寝室に駆け込んだ私は、扉を開けた瞬間叫び声をあげそうになった。――私のベッドの近くに、何やら小さな生き物がいるのだ。その小さな生き物は私が部屋に入ってきたことに気が付くと、くるりと振り向いた。
「あ――ナマエ様……ドビーは、ドビーは見つかってはならなかった――」
「ドビー?ドビーってあなたの名前?」
ドビーと名乗るその生き物は、大きな緑の瞳をオロオロと泳がせた。丸い顔の両側から生えた耳はコウモリの様だし、着ているものは洋服とは呼べないようなただのボロボロな布切れに見える。ドビーは私の質問に答える事はなく、酷く取り乱して怯えているように見えた。
「ドビーめは、ご主人様から来客者に姿を見せてはいけないと言いつけられております――でも見られてしまった――」
ドビーは突然甲高い声をあげてベッドの縁に頭を勢いよく打ちつけ始めた。私は驚いて「止めて!止めて!」とドビーの小さな頭を掴んだ。
「止めないで下さいましナマエ様――ドビーめは自分にお仕置しないといけません――」
「ここで会った事、言わないから!お願いだから止めて!」
ドビーはそれを聞くと、頭を打ち付けるのを止め上目遣いで私を見ながらコクコクと小さく頷いた。ドビー自ら打ちつけたおでこに手を伸ばして撫でてあげると、ドビーはボールの様に大きな瞳からポロポロと涙を零し声を上げながら泣き始めた。
「――ナマエ様はとってもお優しい……ドビーはこんなに優しくされた事がありません――」
「え?そうなの?」
「はい――ドビーめはこのお屋敷の"屋敷しもべ妖精"ですが――役立たずなのでいつもお仕置を――」
ドビーは潤んだ瞳で、更には耳をしゅんと垂らしてそう言った。
「そんなこと……ところでこの部屋で何をしていたの?」
「ドビーめはナマエ様のお部屋の模様替えをしておりました!」
ドビーの目が誇らしげにキラキラと輝いた。言われるまで気が付かなかったが、部屋を見渡すと内装がすっかり様変わりしていたようだ。黒や緑、シルバーで溢れていた部屋が一転、白やピンクや赤の女の子らしく可愛らしい部屋になっている。ベッドなんて本で読んだお姫様のベッドそのもので、私は喜びのあまり「わぁ」と感嘆の声を漏らした。
「ご主人様がナマエ様の為に用意してくださいました――ドビーはその準備をしていたのです」
「すごいよドビー、ありがとう。マルフォイさんにお礼を言わないと……」
「すごいなんて――ああナマエ様、ドビーは感謝されるのは初めてです――」
ドビーはまたしても泣き出した。大きな目から大粒の涙が零れる度に、私は足元に水溜りが出来てしまうのではないかと心配になった。
「泣かないでドビー……それに私、マルフォイさんの所に行かないと」
「ご主人様ならまだ下にいらっしゃいます――ナマエ様、ドビーめに会った事はどうか――」
「うん。言わないよ。ありがとう」
部屋から出る時に、また後ろでドビーの啜り泣く声が聞こえた。私は廊下を走り、それから更に階段を駆け足で下りると、ダイニングルームの扉の前で髪の毛と息を整える。それからそっと静かにダイニングルームを覗き込んだ。
ちょうどその時、朝食を済ませたマルフォイさんと鉢合わせた。
「ナマエ、どうした?戻って来て」
「マルフォイさん、あの、寝室……」
「ああ、気に入ってくれたかい?」
「はい……ですが、あんな素敵な部屋……私、夏の間だけしかいないのに」
「別に夏だけじゃなく毎年好きな時来ればいい。その為に用意したのだから」
驚きのあまり「え?」と声に出してしまった。マルフォイ夫人をちらりと見ると、「そうそう」と言わんばかりに頷いている。
「そんな……あの、申し訳ないです……」
「いいのよ、気を遣わないで。第二の"家族"だと思ってちょうだい」
マルフォイ夫人がニコニコとそう言った。こんなに良くしてもらった手前、その優しさを突っぱねることなんてとてもじゃないが出来ない。
狼狽える私を見て、ドラコは満足気に笑った。