バレンタインパプニング



 甘い甘いお菓子を、貴方に。
 女の子からの想いを込めて。


 祺柳屋敷の台所で片手に料理雑誌を持ちながら山神桜華が唸っていた。雑誌の表紙には「バレンタインのチョコレシピ」と書かれてある。

「桜華、まだ決まらないのか?」

 屋敷の主でもあり桜華を預かる女性・祺柳 燿(キリュウアキラ)が顔を出す。

「燿はお酒入りとお酒無し、どちらがいいと思いますか」

 真剣に聞かれた燿は顎に手を添え「いらないだろ」と即答した。

「何故ですか?」

 送り先の主が酒に滅法強いのはよく知っている。だのに何故即答するのか――。

「桜華はまだ未成年だろ。私がお前に酒を与えたと知ったらアイツに何をされるか…」

 た、確かにと桜華も頷いてしまった。桜華に悪い影響を及ぼすモノを徹底的に排除してきた人だ。そんなことをすればなんと返事がくるか…。

「それにしても今年は愛しの兄様だけじゃないんだな」
「へっ」
「これ、本命チョコか?」
「はわっ!?」

 思わず変な言葉を発してしまった。兄に作るチョコの材料の隣に可愛らしくラッピングされた箱が置いてあるのを燿に見られたのだ。

「相手は?」
「……な、ないしょ、です」
(いつも話している十六夜さんですなんて言えません…)

「そそそそれより燿! 燿も一緒にチョコを作りませんか!?」
「は、何で私が? というか誰に」
「お…お兄様に…」
「………」

 台所が静まり返った。
 桜華の兄・杜峨と燿は何やら触れてはいけない間柄なのは何となく見ていて分かる。だが桜華は燿に本当の意味で自分の姉になって欲しいと常々思っていたのだ。当人達の気持ちを素通りして。

(だいたい、お兄様がSSやSPみたいな仕事をしているのがいけないのですわ。そのせいで実家を留守にして、まったく)

 とかなんとか考えていたら燿が踵を返そうとしている。はしっと素早く服の裾を掴むと燿に睨まれた。

「何故私があんな奴にチョコなんぞを作らなければいけない」

 じゃ…若干声が低くて怖いです…。その前に、お兄様は何をして燿に嫌われたのでしょう…。

「駄目ですか?」
「駄目だ」
「どうしてもと言っても?」
「断固拒否する」
「……」
「……」
「お兄様に『燿に苛められました』って手紙を書きます」
「――ああもうっ! 作ればいいんだろ! 作れば!!」
 観念した燿に意地悪く微笑みレシピを指差す。

「なら燿がリキュール入りのチョコを作ってくださいっ」

 そうして二人仲良くバレンタインチョコを作るのだった――。

* * *

 バレンタイン当日。
 準備万端で家を出た桜華を見送り屋敷の隣にある神社・『朔宮(サクノミヤ)神社』の境内に脚を踏み入れる燿。格好も普段の軽装から巫女服に、自慢の黒髪を結わえた出で立ちだ。

 龍神を祀っている神社の手入れをし、参拝客が来れば御守りなんかを売る。それが一日の仕事となっている。
 箒で辺りを掃除しているとどこからか燿を呼ぶ声がした。

「燿ちゃぁぁぁん!!」

 猛スピードで神社の階段を駆け上がり、こちらへやってくるのは燿が使役する四龍の一人、双子の片割れ・莱(ライ)であった。

 紅色の髪をツインテールにし人と同じ洋服を着ている為、知らぬ者からは普通の人間に見えるだろう。
 息も絶え絶えに燿の前に現れた少女は屋敷の方向を指差し、叫んだ。

「事件だよ燿ちゃん!」
「事件…?」
「桜華ちゃんが本命チョコを忘れて学校に行っちゃった!!」

* * *

 と、言う訳で。本命チョコなのにウッカリ屋敷に忘れてきた桜華は――。

「な、無い!?」

 教室の机につき鞄を開けた所で絶望していた。

「何が無い?」

 隣の席の十六夜に訊かれるがそれも耳に入らず。震えながら携帯に手を伸ばした。
 この時間なら携帯を触っても大丈夫だと心に言い聞かせボタンを押す。と、燿から電話が掛かってきた。

「燿!」
「その様子だと気づいているみたいか。…本命チョコ、屋敷に忘れてたぞ」
「うぅっ、どうしましょう燿…」
「…窓の外、見ろ」
「え…?」

 席から離れて窓の外を見ると、校門の前に燿が立っていた。
 巫女服の格好のまま。

(め…目立ってますよ、燿…)

 突然現れた謎の巫女を登校中の生徒がチラチラ見ている。

「桜華、持ってきたから降りてこい」
「分かりました。わざわざありがとう」

 電話を切り大急ぎで下へと降りて行く。教室を出る前に十六夜が不思議そうな顔をしていた気もするが仕方がない。



「ほら、これだろう?」

 校門前に小走りで辿り着くと燿がチョコの入った手提げ袋を掲げる。

「これです。本当にありがとう、燿」

 ホッと息をついて袋を受け取る。やはり周りの視線が気になるがこの際どうでもいい。
 直ぐに帰るのか訊こうと顔を上げると、燿がある教室の窓を見上げ睨んでいた。

「燿…?」
「ここの理事長がお呼びみたいだ」
「えっ」

 燿に習って窓の方を見ると教室からではなく、理事長室の窓から人が顔を出してこちらを見ていた。

「理事長…。仙宮理事長とお知り合いなのですか?」

 そう訊くと燿が苦虫を噛み潰したような表情をする。どうやら良い仲ではないらしい。

「知り合いというか、頼みもしないのにちょっかいを出してくる人だ」
「はあ…」
「不本意だが行くしかないな。後で屋敷に来られても困る。桜華は早く教室に戻った方が良い。そろそろ時間だろう?」
「あっ、そうでした。では頑張ってくださいね、燿」

 心配しながら教室に戻って行く桜華の背を見送る。そして溜め息をつきながら理事長室を目指した。

* * *

「久しいな、祺柳燿」

 理事長室の椅子に深々と座り脚を組んだ女性が尊大な態度で燿を迎えた。
 月宮学園理事長の仙宮茴香(セングウウイキョウ)が彼女の名前だ。生徒からは顔に似合わず可愛い名前だと影で言われているらしい。

「そうですね、私は会いたくもありませんでしたけど」

 そう毒付きながら巫女服の裾をさばいてソファに座る。すると燿の前に紅茶の入ったティーカップが置かれた。
 いつの間にか入室していた藤が理事長にも淹れている。

「祺柳よ、茶華道部の師範を頼まれてくれないか」
「お断りする」
「何故だ? お前の教えなら生徒に不満はないだろうに」
「私が不満です」
「俺も嫌われたものだな…」
「(アンタを好きになる奴は大概変人だよ)」

 一口紅茶に口をつける。ダージリンの深い香りが鼻孔をくすぐった。その香りに癒やされていると茴香が指を鳴らして隣に控えている藤を見た。
 
「藤、やれ」
「はっ…えっと…宜しいのですか?」
「問答無用だ」

 さっと机に書類と万年筆を置き、藤が遠慮がちに燿に近寄る。
「な、何をするつもりだ」
「失礼します」

 一言謝ると藤が燿の後ろに回り込み腕を掴んでその手に万年筆を握らせる。

「おまっ!」

 必死に抵抗するも所詮男の力には適わず、綺麗に名前を書かれてしまった。
 腕が解放され書類を引ったくろうとするが先に茴香に取られ空気だけを掴む。

「訴えるぞ!」
「ふん、やってみたらどうだ?」

 勝ち誇った表情の茴香がふと天井を視た。

「…祺柳、屋上に二匹の龍が迷い込んだようだが?」
「――!!」

 驚いて屋上に意識を飛ばすと茴香の言うとおり、慣れ親しんだ気配を感じた。
 舌打ちをしながらソファから立ち上がり扉を開ける。去り際に茴香が手を振りながら燿の背に笑いかけた。

「また電話する」
「結構だ!」

 扉を勢いよく閉め去る燿に茴香は腕を組んで楽しそうに笑った。


* * *

「おっ、いたいたっ! 莱、あそこだ」
「おー、中庭かー」

 学園の屋上で双眼鏡とカメラをそれぞれ構えながら下を見ているのが、双子の兄妹龍・蓬莱だった。
 中庭には桜華が十六夜と話をしながらチョコをいつ渡すか決めかねている。

「青春だ…青い春だ!!」
「甘酸っぱい恋だねー」
「あんな重度のシスコン野郎の妹をやっていながら大したもんだ!」
「杜峨に写真を送りまくってやるーっ」

 それぞれ言いたいことを喋りながら桜華を見守っている。と、桜華が意を決してチョコの入った袋を十六夜に渡した。

「キターーーッ!!」
「良くやったぞ桜華!」
「もうっ、林檎みたいに真っ赤になって可愛いなー」
「恥じらい顔の桜華も素敵だ!」

 ガタンと屋上のドアが開く音がした。

「……蓬莱」

 地の底から這い出たかのような声に二人同時に固まった。
 そのままゆっくり振り返ると仁王立ちした燿がそこにいた。

「あ…ああああ燿ちゃん?」
「な、何を怒ってるんだよー」
「あ、もしかして一緒に見――」
「帰るぞ!」
『はいぃぃっ!!』

 襟首を掴まれ二人一緒に引きずられて行った――。



 中庭の桜華は恥じらいながら十六夜に言った。

「お口に合えば宜しいのですけど」
「ん…ありがとう」
「感想、聞かせてくださいね」
 こくりと頷く十六夜に、照れながら桜華は微笑んだ。


 愛を込めたチョコレート
 大切に大切に作ったそれは
 桜の味――。




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