小さなかぼちゃ



 風が冷たく感じられるようになってきた。
 蓮はほう、と一息をついた。
 もうすぐ冬が来る。
 霜はまだ降りない。けれど近所の公園や並木道の木々は鮮やかな紅葉をみせている。
 今年もまた寒くなるのだろう。
「蓮。そっち終わりそう?」
 人の良さそうな声に続いて、生徒会室の戸口から綯凜が顔を覗かせた。
 蓮は机上に散らばる書類を指差し、晴れやかに笑った。
「無理」
 よく見れば少し涙目だった。
 綯凜はやはり困ったように笑って、手伝うよと椅子に手をかけた。
「綯凜のお人好し」
「もう何とでも言って」
 そう言い返して、綯凜は目の前の書類の一枚に手を伸ばした。
 蓮は申し訳なく思いながらも、再び書類の中のリストから順にチェックをしていく。

 なぜこうも地道な作業に蓮が涙目になりながらも続けているのか。

 その答えは簡単だ。
 生徒会執行部主催のイベントのためだからだ。

 先月、正確には数日前にもイベントを行い、大変盛況だったことは記憶に新しい。
 ただの教師生徒混合仮装大会だったのだが、家庭部や一部の心優しい方々からの菓子類の差し入れもあり最後まで盛り上がった。
 仮装も簡易から本格的なものまで幅広く揃っていた。

 生徒会執行部の面々はもちろん本格的に、演劇部衣装班のプロデュースを全面的に受けての参加だった。
 ホスト側であったにも関わらずメイン扱いを受けて引っ張りだこだったことは、今も生々しく覚えている。

 さて、これは一体なんのイベントだろうか?

 そう、もちろんこれはハロウィン。
 十月の末に執り行われる収穫感謝祭。
 外国の、それも宗教系の祭日だ。
 日本を含め多くの国ではこの日、子供たちは仮装をして家々を練り歩き、こう言うのだ。

 『Trick or treat.』と。

 そうして、お菓子を貰うのだ。

 おかげさまで甘い物に目がない蓮は、まさに天国だった。
 そういう綯凜も非常に満足のいく内容で、終始スケッチブックが手離せなかった。

 とはいえ、一部例外はやはりいたが。

 チェック済みの書類をまとめ、次の書類に綯凜は手を伸ばした。
 すると蓮が突然机に突っ伏した。
「どうかした? 蓮」
 なんとなく、聞かなくてもわかる気がしたが、とりあえず聞いてみる綯凜。
「無理」
 さらに、がたがたと机に突っ伏したまま揺すり始める蓮。
「むりむり、もうむーりーー」
 だだをこねる子供のように揺らし続ける。
「あー、糖分切れ?」
 困ったように笑いながら、綯凜は手を止めて棚に目を向けた。

 しかし、そこにはあるべきモノが見当たらない。

「あー‥糖分切れ」
 ストックされているはずの蓮専用菓子は、運悪く切らしているようだった。

 普段ならば副会長の瓊毅が定期的に買い足すか、お姉様至上主義の菖蒲が差し入れを用意している。
 しかし、今二人は席を外していた。
 次のイベントへ向けて二人も師走よろしく忙しくしているのだ。

 そのため糖分の補給にまでは手が回っていないのだろう。

 なにしろ次のイベントは冬休み直前の聖夜祭。
 終業式も兼ねて行われる年中行事の一つだ。

 しかも月宮学園のジンクスの一つとして有名で、学内外でまことしやかにささやかれている。

 特に、想う相手のいる女性は誰もが憧れている。

 と、蓮は菖蒲から聞かされた。

「ううっ、スイーツが食べたい。食べたい。食・べ・た・い!」
 もはや禁断症状が出始めていた。
 綯凜は困ったように笑いながら購買に行くかを思案した。
 と、そこで生徒会室の戸が叩かれた。
 ノックの主が誰か確認するや否や綯凜は諸手をあげた。
「あ、社! 良いタイミングだよ」
「‥‥。すっごい荒れてるな、蓮」
 片手に白い箱を持ち、一瞬足を止めてから社は入室した。
「それは何かな?」
「ん。鳩村屋の苺ショート」
「だってさ。蓮、休憩しようか」
 綯凜は蓮の肩をぽんと叩いた。
 ぴくっとその肩が揺れると、蓮はがばりと顔を上げた。

 そして、満面の笑みを浮かべて手を差し出していた。

「で? どこまで終わった?」
「は? え‥‥げっ!!?」
 いつの間にか部屋の定位置にいた満月に、蓮は飛び上がった。
「わー、危ない」
「ちょ、綯凜ティッシュどこやった!?」
 その拍子に飲みかけのパックジュースがひっくり返り、綯凜が苦笑し社が悲鳴を上げた。
 そんな惨事など知らないというように満月はパイプイスを軋ませた。
「ちょ、ティッシュっ!?」
「あ。社そっちやばいよ」
「だぁっ!! 手伝えっ」
「あっは」
「オイ!」
 生徒会室に社のよく通った声が響く。
 こちらはこちらでそれどころではなかった。

「で? どうなの?」
 騒ぎも落ち着いた開口一番、満月はそう切り出した。「‥‥‥。」
 蓮はそれに殊勝にも無言を貫いた。
 綯凜は肩をすくめて、首を横に振る。
 社は水分を吸ったティッシュをゴミ箱に突っ込むと、満月をど突いていた。
 だがそれはあっさりと避けられてしまう。
「避けるなよ」
「避けないと痛いよ?」
 しれっとそんな風に返す満月。
 社は頭を押さえた。もう、何も言う気力がない。
 それを見て綯凜はぽんと手を打った。
「まあ、ひとまずイベントは置いとこうか。これじゃ話し終わらないし」
「‥だな。いつまでも本題に入れないのは困る」
 社は頭をがしがしとかいて賛同した。

 今、実のところイベントの話をするために集まったわけではなかった。


 蓮が首を傾げた。
「で、いつやる?」
 やっぱ土日? と続けると満月が手帳を開いて何かを確認した。
「それが妥当なんじゃない? 学校も休みだし‥‥土曜なら派手になっても対応できると思うよ。予定的にもイケるはず」
「うん。今度の日曜は部活組も休みだから、土曜で大丈夫だよ」
 綯凜が補足するように続けた。
 白紙の紙を引き寄せて、そこに書記らしく決まったことを書き出していった。

 せっかくだから打ち上げをしよう──。

 ハロウィンでフル稼働を余儀なくされた後輩達を見かねて、社がそう提案した。
 蓮や綯凜はもちろん直ぐ賛同した。珍しいことに、満月も手を貸すと自ら進言してきた。
 満月曰く、
「あの惨状をみたら、ちゃんと後輩の労をねぎらってやらないと。さすがに、ねえ?」
 と万年寝太郎が重すぎる腰を上げた。

 そんなわけで、生徒会執行部三年組が後輩の慰労も兼ねて改めてハロウィンパーティーの計画を練っていた。
 土曜の夕方から次の日の朝までの、ただただ楽しむだけのイベントだ。

 蓮は、可愛い後輩達を想った。
 せっかくだからホスト側ではないイベントをやってあげたい、と。
 そのことは常々同じクラスの綯凜に愚痴っていた。
 おそらくそれを聞いた綯凜から社に話が回ったのだろう。

 普段頼りなく情けない様子を度々露見する彼だが、本当は一番先輩としてしっかりとした兄貴分なのだ。

「どうしかした? 蓮」
 綯凜に声をかけられ、思わず笑っていたことに気付いた。
 蓮はそのまま一枚の紙を囲んで議論していた三人に笑いかけた。
「みんな喜んでくれるといいね!」
 それに対して社は胸を張った。
「当たり前だろ? そのためにこうして集まってんだし」
 満月がその言葉を肯定するように頷いた。
 綯凜はただ朗らかに笑い返した。

 蓮は、さらに笑みを深くした。

 こうして結束し計画を立てることに、満ち足りた感情が広がっていく。
 こんな関係が永久に続けばいい。
 そう思った。いや、切に願った。

 綯凜が書き出しながら首を傾げた。
「ところで、どうやってみんなを呼び出す?」
 サプライズだし、驚かせたいよね。
 そう言って悪戯っこのように笑みを浮かべる友に、社が軽く指を鳴らした。
「もちろん特別課外だって言ってな」
 ビシッと決めた社。
 満月はゆったりと腕を組んで思案した。
「いつも通りに、がミソになるね。なら、その業務連絡係兼先導役は綯凜がベストかな」
「え。それ責任重くない?」
「大丈夫。綯凜ならきっと悪徳商法してもバレない保証がある」
「‥‥それは喜んでいいの?」
 苦笑する綯凜に、蓮がぽんぽんと肩を叩く。
 社もけらけらと笑いだし、満月も悦に入ったように笑った。

 先輩からのサプライズ。
 たまには単純にバカ騒ぐのも、悪くはない。

《完》


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