大晦日の夜には除夜の鐘を
賑やかな声が辺りを包む。
真冬の冷たい風が吹く中、大晦日の今日は大勢の人がお寺に集まっていた。
午後十一時五十分、境内ではおたきあげが行われている。
それを少し離れた場所で眺めながら、紫憧蓮は白い息を吐いた。
彼女は珍しく髪を結い上げ、鮮やかな紅色の着物を着、慣れない下駄を履いている。誰かと待ち合わせをしているのか冷たい手を擦りあわせ、息を吹きかけていた。
「…会長――」
後ろから声が掛かってきたかと思うと着物姿の朔埜瓊毅が困惑顔で現れた。
「あ、瓊毅!」
待ち人が来たことに嬉しそうに笑う蓮だが、瓊毅はすまなそうにしている。
「会長すみません…待たせてしまって」
「ううん、私は大丈夫だよ」
「除夜の鐘は…」
「あーっ、あと少しで時間だね」
腕時計を確認すると除夜の鐘が突かれるまであと数分だった。そもそも蓮達は大晦日に除夜の鐘を突くためにやってきた。
蓮は仕方ないと笑い近くの屋台を指差し、瓊毅を手招きする。
「間に合わないのは仕方ないから、甘酒でも飲んで鐘が鳴るまで待とう」
「――そうですね」
二人分の甘酒を購入し温かい紙コップで手を温める。
甘酒で喉を潤しホッと一息つこうとすると、ドンッと団体の見物客と蓮がぶつかった。
「うわっ!」
体勢を崩しその場に倒れそうになるのを瓊毅に支えられる。
「ごめんね瓊毅…」
「……いえ」
謝りもなく去っていく連中に瓊毅は不穏な目をしながら、蓮の手を取り人が少ない所に避難させる。
「足を捻ったりしてませんか?」
「大丈夫みたい。ありがとうね」
その時ゴーンと除夜の鐘が鳴った。
「あ、もう年が明けた!」
「そうですね」
除夜の鐘の音を聞きながらふと蓮が瓊毅に向き直る。
「……会長?」
「瓊毅、今年も宜しくお願いします」
丁寧にお辞儀をして笑いかける。そんな蓮に瓊毅は何を言えばいいのか分からないような顔をして、頷いた。
「……はい」
二人は肩を並べて除夜の鐘を聞く。
――また、一つ年が明けた。
完
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