冬空の追想
「はぁぁぁっ…」
神宮寺邸の庭にある小さな池を見つめながら社は溜め息をついていた。しゃがみ込んで鯉を眺める姿は正に【恋する男の図】なのだが、池の鯉も社の姿を見飽きるほど毎年それは行われていた。
「どうしたんだい社、そんなに溜め息をついて」
「……親父」
縁側からひょいっと社の父・神宮寺 司(つかさ)が顔を出した。そろそろ壮年と言ってもいい年齢だが、長い銀髪を三つ編みにしたその姿はどう見ても四十歳には見えない。
少しでも上に見られるよう黒い着流しを着ているようだが、あまり効果はないようだ。
「ふむ。またあのお姫様に振られたのかい?」
「まだ振られてはいない!」
司の銀色の目が「あーまた落ち込んでるなー」と言っているのを見ながら全力で否定をする社。
「うーん。父さんの時は猛烈に当たりに行っても砕けてなかったと……あ、砕けてたっけ?」
縁側から社の隣に移動しながら妻の雪路との馴れ初めを語り出してきた。
「母さんとの馴れ初めはもう聞き飽きたぞ。というか噂では当たって砕けまくりだったらしいな」
「……。ま、社もなんとかなるさ」
「うわっー適当だな。本っ当によくあの母さんと結婚できたよ」
「話せば長くなるが――」
「だからいいって!」
「そうか? 残念だ…」
あからさまにしょんぼりする父親を適当に見ながら社が呟いた。
「母さんそろそろ帰ってくるだろ」
社の呟きに「うん」と頷きながら司は空を見上げた。
――冷たい風が吹きつつも、もう直ぐ春がくる。
「春が近いな」
そう呟いたのはどちらだったのか。
「――の命日だ…」
最後の呟きは風に流れ消えていく。
もう直ぐ、春が来る…。
* * *
【予告】
十年前のある日、誘拐事件が起きた。
それは冷たい冬が終わり春になった直前の出来事――。
『本当にあなた達は困った兄弟ね』
そう言いながらもずっと手を差し伸べてくれた、大事な…大事な…。
一面真っ赤な床に流れる冷たい銀色の髪。
まだ幼さの残る手に握るのは。
真っ赤に染まった小刀。
『―――』
なあ、――。
『俺は…優しくなれない』
心が凍っていくのだから。
『それでも――は…』
まだ優しくいろと言うのか…?
白と黒。表と裏。兄と弟。
割れた玉が、泣いているように見えた…。
【白と黒の鎖】
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