手を伸ばした先に



「はあ……」

 朔埜鏡玲は何度目か分からない溜め息を吐いた。
 授業中なのに勉強に身が入らない。
 
(いつ、渡せば…)

 鞄の中に入っているあるモノを思い出し、また小さな溜め息を漏らした――。

* * *

 今日二月十四日はバレンタインデー。男女皆が胸を躍らせる日、なのだが。

 神宮寺 巽は己の下駄箱を開けた状態のまま一時停止していた。

「……」

 下駄箱を開けた瞬間に大量の贈り物が雪崩のように落ちてきたのだ。

(……また、か)

 用意していた袋にソレを入れ、上履きに履き替える。
 周りの男子は羨ましそうに、そして女子は期待に満ちた瞳で彼を見ている。

「うわ、俺のより多いな」

 いつの間にか彼の兄である社が袋を覗き見しているた。社の手にも贈り物が入っているであろう袋を持っていたがその量は少し違う。

 神宮寺兄弟はモテる。
 その端正な容姿からファンクラブまであるのだとか。

 が、巽はあまり嬉しくなさそうに溜め息を吐き兄を無視してサッサと歩いて行く。 教室についても自分の机の上や中に大量の贈り物があるのに気づき、巽は頭を抱ることになるとは知らずに――。

* * *

 巽は別に贈り物が鬱陶しいとか、甘いものが嫌いという訳ではない。
 只単に、本当に貰いたい人から貰えればいいと思っているのだから。

「たつみー!」

 昼休み。
 蓮と菖蒲がバレンタインの贈り物を片手に現れた。
 巽は蓮から受け取った包みをしげしげと眺め、呟く。

「…ちゃんと毒味はしてあるのか?」
「うわ、なにそれ! 味見ぐらいしっかりやったけど」
「あとは黒こげになっているとか」
「心配ご無用ですわ。私が付き添っていましたから」

 自信満々の菖蒲の笑みに巽は「ほう」と興味を示し、何を思い出したのか蓮を見ながら笑った。

「料理が壊滅的に駄目な蓮が珍しいな」
「む…なによそれ」
「毎回何かしら爆発させてるだろ。ある意味天才だとは思っていたが……」
「満月と同じことをっ! こ、今回のは真剣に作ったんだからね!」
「瓊毅さんの為に必死で試行錯誤していましたからね」
「あぁ菖蒲っ! なに言って――」
「ほう、俺達の分は練習用か」
「違うって! ちゃんと心を込めて作ったよ」
「…分かってるさ。義理だとしてもな」

 意味深に言う巽に蓮の頭にクエスチョンマークが浮かぶが、直ぐにそれは霧散した。

「そういえば鏡玲からはもう貰ってるの?」
「……いや…まだだが…」
「ふーん、そっか」
「なんだ?」
「いや別にー。じゃ、私達はこれで退散するよ。じゃねー!」

 ニッコリと笑い手を振りなが蓮と菖蒲は教室から出て行った。

* * *

 放課後の静かな教室で巽は窓辺に寄りかかり、読書をしている。
 読書の時にのみ眼鏡を掛けている彼は目を細めながら、本の内容とは違うことを考えていた。

(……まあまあだったな)

 先程蓮から受け取ったクッキーを少し味見したら、なかなか良い出来だった。思わず蓮と菖蒲が一緒にコレを作っている風景を思い描く程に。

 巽は幼なじみの蓮のことが好きだった。
 兄の社が彼女をずっと好きなように、巽も蓮のことを想っていた。

 彼女の"本命"に自分がなりたいと何度思ったか。
 それでも蓮の瞳に映るのは自分でも兄でもなく……。

 恋焦がれているのに手を伸ばしても掴めない彼女の想い。

(ずっと引きずっていたな…)
 自嘲気味に笑ってしまう。
 

(それでも…)

 "彼女"に出逢ったから――。

 蓮への想いを断ち切ることが出来なかった自分が、"彼女"といると安心してしまう。
 "彼女"の隣が居心地良くて…。

 初めて蓮以外を「守りたい」と思った。愛しい少女――。

「あの…巽さん…」

 教室のドアが開き俯き加減に"彼女" 、朔埜鏡玲が現れた。

* * *

(どうしよう…)

 恋人のいる教室のドアの前で鏡玲はオロオロしていた。

 一つ先輩である巽と付き合っているのだが、何故か秘密にしているため皆の前ではチョコを渡せない。

 というか、堂々と巽にチョコを渡した後の女生徒からの反感が怖いのだが…。

(深呼吸、深呼吸)

 大きく息を吸っては吐き緊張を解す。
 そしてそっとドアを開けた。

「あの…巽さん…」

 呼びかけると巽は読んでいた本から顔を上げ、眼鏡を外す。
 その仕草が妙に色っぽく思わず赤面してしまった。

「どうかしたのか?」

 皆に向けるの冷たい口調が溶け、優しさが垣間見れる。

 鏡玲は思い切ってプレゼントを渡した。

「バレンタインの、プレゼントです」

 羞恥に顔を真っ赤に染めプレゼントを渡す鏡玲に巽は、いつもは見せない微笑みを浮かべた。

「ありがとう。作るのは大変だっただろ」
「いえ、料理は慣れているので」
「そうか。大事に食べよう」
「はいっ」

 巽に頭を撫でられ鏡玲は大輪の花のよう笑う。
 相手の頭を撫でることが巽の癖なのだが、鏡玲はそれが大好きで一番安心できた。

 ふいにグイッと腰を引き寄せられた。

 二人の唇が重なり、驚いた鏡玲の瞳が大きく見開かれる。

 そして唇が離れ次に抱きしめられた。

「ありがとう」

 いろんな感情が混ざったその言葉。
 最初は鏡玲も驚いていたが、幸せそうに頷き巽の背中に両手を回す。

「愛してる」

 そしてまた、唇が重なった――。


END


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