これは晴明がまだ二十歳過ぎの話しである。

「まったく、付き合いとは面倒なものだな」

 二条殿の母屋で寛いでいる宮は休息に寄りかかりながら溜め息をついた。

「宮様如何なさいました?」

 艶姫が心配そうに訊くと彼は蝙蝠扇(カワホリオウギ)を軽く片手で広げ、扇ぐ仕草をする。

「一条の大臣(オトド)が自分の娘を妻にどうかと言ってきてな。迷惑なことだ」

 憂鬱そうに言う宮に艶姫は微笑んだ。

「宮様と縁戚関係を結びたいのでしょう。仕方ありません」

 賀茂家や安倍の陰陽師と親しくし、その身には皇族の血が流れるという噂のある彼だ。力のある者達が目を付けないわけがない。

「だかな……女を寄越されても何もならないというのに」
「では宮がお嫌でなければ身代わりを立てれば宜しいですわ」「身代わり?」
「はい。誰かに北の方様を演じて頂ければ宜しいのです」
「ふむ…成る程な。だが誰にそれをやらせる? お前では無理だしな」

 女房のようにいつも宮の傍らにいる艶姫では知る人も多い。扇を閉じたり開いたりを繰り返しながら思案していると、ふと頭に笛を奏でている者の姿がよぎった。

「艶子今すぐに藤のいる庵に使いを出せ!」
「は、藤様ですか?」
「あぁ。あやつなら適役だろう」

 艶姫は「御意」と頭を垂れ宮の前から下がる。

「さて、あれの似合う衣でも選んでおくか」

 そう言い宮は不敵に笑った。

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