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夏から秋に変わり幾分か涼しくなった頃、零騎隊の屯所の廊下を一人の女性が歩いていた。
風がそよそよと吹く深夜。丁度子の刻になる。蓮は数枚の書類を手に同僚の自室へと気配を消して歩いている。
角を曲がり近くの部屋に声をかけた。
「巽、起きてる?」
一拍程間が空き「入れ」と言う声がした。蓮は障子を引き中で酒を呑んでいる巽を見た。
「あれ、珍しいね一人で呑んでるなんて」
部屋の主である巽はつと蓮を見た後目で座れと促した。素直に座り巽に書類を渡すと蓮は「ふあ」と欠伸をした。
「……こんな時刻まで仕事していたのか」
受け取った書類を走り読みながら蓮をチラリと見る。
彼女は欠伸をかみ殺しながら目を擦っていた。
「だって、他の隊士がいる昼間に重要書類なんて捌けないよ。どこで誰が見てるか分からないからね」
重要書類――。
蓮や瓊毅が通常する書類処理も十分重要な書類ではあるが、こちらの書類は総隊長しか見てはいけない秘密事項たっぷりの書類である。
「…だから夜中に仕事をして昼間はサボリか?」
「うっ……サボりというより英気を養ってるの。夜の仕事が大量なんだから昼間は餡蜜でも食べてないと倒れちゃうもん」
それでも何とか昼間も元気に仕事をしている蓮を思い出す。目の下に隈を作っている今の彼女は昼と同じように笑っていた。
「…皇みたいに、昼間寝ていればいいだろう」
「いや無理だって。私までそれをしたら隊士達は皆辞めてくよ。だからサボるのさ、情報収集もできるし」
「…朔埜は知ってるのか?」
「瓊毅には言ってない。でもま…薄々気がついてるでしょ」
「そうか…」
「さて、次は満月に書類を渡さないと…って、……巽…?」
すいと腕を掴まれ顔が近づく。切れ長の目が細められ蓮をジッと見つめていた。
「…な、なに?」
「クマ…結構濃いな…」
「……へ?」
「いや、一日で出来たクマには見えなくてな。昨日の昼間は隅はなかったと思うが…」
「…化粧で消してるのっ」
若干照れたように頬を染め腕を振り払う。そんな仕草に巽はふっと笑い空の杯を一つ蓮の手のひらに乗せる。
「酒でも呑んでいけ」
「ぅ……いいの?」
「ああ。一人だったから寂しくてな」
「ぷっ、棒読みで言われてもねぇ」
「……うるさい」
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