キスは契約違反です



惑星ベジータのエリート戦士の娘として生まれた名前は、十八才になった日を機に遠征へ駆り出されるようになった。名前の初めての遠征で一緒のチームになったのは、国の王子であるベジータ、エリート戦士のナッパ、そして下級戦士のターレスだった。ベジータとナッパは初対面から威圧的な態度で、名前をまるで下級戦士かのように見下しているようだった。ターレスはというと彼らよりずっと友好的、むしろ初見から慣れ慣れしいくらいで、名前は緊張の糸が解れるような思いだった。

 名前はエリート戦士だった父から厳しくしつけられ、女性であっても戦場では油断はするなと教えられていた。勇んで遠征に向かって成果を上げる事こそが戦闘民族の誇りであり、フリーザ軍との契約でもある、と。内心では共感を得たくてターレスにその話題を振ってみると、「フリーザ軍との契約?バカバカしいね」と鼻で笑われてしまった。「必死に頑張った所で、報酬はエリートさん達がガッポリだろ」そう、しんみりと呟くターレスに、名前は何も言えなくなってしまった。地上げの仕事の報酬は階級制になっていて、彼のような下級戦士であればフラストレーションも溜まるのだろうと思っていた。

 遠征当日。ポッド乗り場に着いた名前は、自分が乗るはずの丸型の宇宙船ポッドが故障していると聞かされた。ベジータとナッパはその様子を見て嘲笑い、先にポッドへ乗り込んでしまった。しかし名前本人にとっては笑い事ではなく一大事である。係りの者達の前で困り果てていると、その細い肩を褐色の手が軽く叩いた。

「なぁ、お嬢ちゃん」
「……名前」
「ああ、名前、
俺に名案がある……」

 ターレスに耳元で「俺のポッドに一緒に乗ろうや」と小さく囁かれ、名前は一瞬で顔を真っ赤にして反論しようとした。ターレスはその口元を片手で塞いで、係りの者達に「彼女は俺のポッドに乗るから大丈夫だ」と伝えた。そして強引に名前の手を引いて、自分のポッドの前へと歩き出した。名前は、最初はほんの冗談なのだろうと思っていた。しかし、先にポッドに乗って「こっちへおいで」と言わんばかりに両手を広げたターレスを見て、思わず噴き出して笑ってしまった。

「何のつもり……?」
「照れてないで、こっちに来いよ」
「……照れてなんかいないわよ!」

 おかしな所で負けず嫌いを発揮した名前は、ターレスからの誘いを断らずにポッドに乗り込もうとした。すると足元がつかえてグラグラとバランスを崩してしまい、慌てて両手を伸ばすとターレスの胸元に抱きつく体勢になってしまった。ターレスは名前を腕に抱いたまま軽々と起き上がってコントロールパネルを操作し、ポッドの扉を閉めてしまった。そしてポッドが発進し名前が窮屈そうに腕を解こうとしても、ターレスは楽しそうに微笑んで離そうとしなかった。遠征は通常なら片道だけでも短くて数日間を要するのだが、幸いその遠征は片道十二時間と決まって居た。しかし半日も抱き合った体勢で居なければならないのかと思うと、名前は決して楽しそうには出来なかった。なぜ今、目の前の大男はこんなにも楽しそうなのか、名前は理解に苦しんだ。顔を見上げた途端にぎゅっと抱き寄せられ、大きな手のひらがゆっくりと名前の黒髪をすくう。

「わっ……!」
「こういうの初めてか?」
「……うん」

 ターレスが、名前の頭を柔らかく撫でた。異性に頭を撫でられたのは、幼かった頃に父親にされて以来であった。名前はくすぐったそうにしながら、すぐ目の前の漆黒の瞳を見つめた。今まで見た事もない様な、とても綺麗な瞳であった。名前が黙り込んでいると、ターレスは「目、閉じて」と、透き通った声色で囁いた。彼の瞳に、明るい星の瞬きが映る。背中にある丸い窓の向こう側はもう、宇宙空間が広がっているのだろう、ここまで来て抵抗をしても仕方がない、そう思い、彼に言われた通り名前は目を閉じた。

 ターレスの細い唇が、名前の愛らしい唇に、そっと重なった。

「……んん!」
「鼻で息継ぎしてごらん」
「……ぷは!」

 名前にとって、生まれて初めてのキス。名前自身、興味が無い訳ではなかった。むしろ心のどこかで憧れていた。それがまさか、宇宙船ポッドの中で執拗に何度も繰り返されるとは。想像もつかなかった事態に、名前は夢でも見ているかのような感覚に陥った。

「……実は、俺」
「うん……?」
「名前、お前のことが……」

 ターレスは名前の耳元にもチュッと口づけ「好きだ」と伝えると、穏やかに微笑んだ。

 遠征に向かう仲間とキスだなんて、フリーザに知られたら「契約違反です」と言われるかも知れない。例えそれでも、ターレスとなら乗り越えられるような気がした。階級の差も、育った環境の違いも、愛情の温度差だって、みんなみんな、乗り越えられるはず。そう想うと、名前は頬を赤らめてターレスに唇を重ねた。



<―Fin―>
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