喩えるならキスできそうな距離


逞しい膝の上に座って、男らしい太首に腕を回す。少しでも動けば触れ合いそうな…喩えるならばキスでも出来そうな距離感だ。その僅かな距離で何となく彼の口元を眺めていれば、自分でも理解が追い付かないほど早く形の良い唇に縋っていた。押し当てて、舌を捩じ込んで、甘噛みして、彼の存在そのものと熱を確かめるように夢中で。温まった口内であちらこちらに舌を這わせると、すぐに濡れた肉厚な舌が追い掛けるように絡み付いてくる。舌同士が絡まり唾液が混ざって吐息が重なれば、勢いのまま激しくなるキスにやがて呼吸が苦しくなった。

「…ぅ、うう、んっ、っ!た、ぁ…れ…す」
「……っはぁ、ンだよもう終わりか?名前ちゃんよ」
「い、息が、続かないんだってば…!ていうか、その呼び方やめて」
「はいはい。相変わらず持続性がないことで」

私は密着する胸元を全力で押し返して、魔の唇をペロリと舐め上げるターレスを見上げた。妖艶とか魔性とか性的とか、とにかくそのような色気を匂わせる名詞がよく似合うような顔でこちらを俯瞰している彼を。細くなるその目元に濃い紫色が耀うと、同時に湿った唇が緩い弧を描いてクイッと口角をあげる。そして私は息を吐くような音のない笑い声に誘われるまま、言いたいことも特に決まってないのに口を開いた。

「………ねぇターレス」
「ああ?」
「…なんでもない、呼んだだけ」
「なんだよそれ。やっぱお前って変な奴だな」

なんとなく名前を呼んでみたは良いものの、やっぱり考え無しに開いた口からは何も言葉が続かなかった。変な奴呼ばわりされた私は、返事を探すよりも手っ取り早いと思い再び彼の唇に自分のそれを寄せる。そうして近付けば私が何を言わずとも、自然な流れに沿って柔らかい生暖かな感触が吸い付いてきた。今度は先程のような激しさは一切伴わない、優しく愛撫してくれる正に理想的な触れ方。それは心にまで染み渡るほど情愛に満ちていて、いつもの強引さや自己中な一面がまるで嘘のように思えるくらい。キスをしながらその広い背中にスルスルと指を滑らせ、今伝えたい一言を文字にして書いてみた。それに気付いたターレスは徐に唇を離して「なんだ?」と私に問い掛ける。わざと私に言わせるのではなく、きっと本当に分からなかったのだろう。彼の風貌に似つかわしくない子供のようなあどけない目線が、そう訴えているのだ。

「なんだろうね、当ててみてよ」
「見当もつかねぇな」
「直感でいいから」
「へぇ、この俺を試そうってのか?」
「もう!そういう事じゃなくてさ…私がなんて書いたか分かった?」
「さあな。その答えに興味はあるが、無理に問い詰めたりはしねぇよ」

そこそこ察しが良いターレスが分からないのも当然。だって私が背中に残したのは、本来の書き順を逆にした"スキ"という文字だ。よっぽど感が良くないと分からないと思う。キスも簡単に出来ちゃう程の距離なら耳元でそっと囁いても小声で呟いても確実に伝わるだろうが、あえて肉声には出さず遠回しにスキって伝えるの…私の柄じゃないけれど、なんだか粋な感じがして我ながら肉癢ゆい。


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