炎と祭 上
「ちおりん、どんど焼きをするわよ!」
真冬だろうとなんだろうとルカは元気だった。マフラーとコートの裾を靡かせ飛び込んで来る。
オレはといえば、どてらを羽織ってヒーターの前で丸まっていた。
「何ボサッとしてんの!? 神社に行くわよ!!」
「寒いからイヤ」
腕を引くその手を振り払い、突き放すように答えれば、ルカの口角が弧を描いた。
▽ ▲ △ ▼
結局、オレは神社に来ていた。
境内の中心にやぐらが組まれ、火が焚かれ、それを囲むように人だかりが出来ている。
オレは焚き火に手をかざした。
「こんなに寒いのに外出だなんて……」
ぶちぶちと文句を垂れると、隣から即座に声が返る。
「にゅふん。鍛え方が足りないわねん!」
思わずジトリとした目でそちらを見てしまった。ルカは真冬の乾いた空気を意に介さずぴんぴんしている。
一体全体、何たってこいつは真冬だろうと真夏だろうと元気なんだ?
さっき家を出るまでの攻防を思い出し、そっと溜息を噛み殺す。「今日は一日中あんたと家でのんびりしたい」と囁いたら指差して笑われた。解せぬ。
「あんなもんであたしを口説こうっての? 甘いわね! あたしはチョロくないわよ!!」
「ははっ。うそだあー」
「うそじゃないわよ!?」
火の粉が爆ぜる。燃えているのは門松やしめ縄などの正月飾りや、お札の類と達磨、書き初めなどだ。数日前にルカの下の弟イサクが回収に来たから、自宅にあったそれらも一緒に燃えているはずだった。
「この神社、普段は閑散としてるのにな」
元旦や盆踊りに比べれば小規模だが、それでもここにこれだけの人数がいるのは珍しい。お年寄りが多いが、老若男女問わず町の住人が集まっているようだった。
あたりを見回しながら言えば、ルカが懐かしそうに笑う。
「子供の頃はお賽銭箱の裏とかでよくかくれんぼしたわねん」
今思えば、ずいぶんと罰当たりな子供もいたものである。裏手に広がる鎮守の森も隠れ場所には最適だったが、大人にはしこたま叱られた。
懐かしい思い出に浸っていると、焚き火の中から白い物が舞い上がった。
「書き初めだ」
「そりゃあめでてぇ。書いた子は字が達者になんべよ」
「良がったなぁー」
「ほんに」
周囲の大人達が口々に言う。
「誰のだろうな?」
「前にあたしのを燃やした時は舞い上がらなかったのにぃー」
ルカが悔しそうに空を見上げた。つられて見上げれば、よく晴れた青空に、白く煙がたなびいている。舞いあがった書初めはもう見えなくなっていた。
ここ八十神町では、毎年小正月の前後の日曜日に神社で正月飾りや書初めを、竹や木、藁、茅、杉などと一緒に燃やし、残り火で餅を焼く風習がある。燃やすものを集めるのは地元の小学生だ。オレ達も当時は町中を練り歩いてそれらを収集し、やぐらを組んだ。竹の焼け爆ぜる音は魔を祓い清める。立ち上る煙は正月の神の帰り道となる。これは正月を終わらせる祭りだった。
ちなみにこういった行事は各地にあるようで、田んぼや空き地で行うのが主流らしい。近隣の町では浜辺で行うという話を聞いたことがある。
「ルカ姉、チオ姉、来てたんだ」
後ろからの声に振り返ると、イサクがいた。
イサクは細い目を更にニコニコと細め、細い竹に刺した餅を盆に乗せている。イサクは同級生と思われる、同い年くらいの子供らと協力し、餅を焼き始める。
「ルカ姉、チオ姉、お餅が焼けたころにべつの班の子たちが来るからね」
イサクは軽く会釈をすると、友人達の輪に小走りで駆け寄って行った。すれ違い様に、子供達の声が聞こえてくる。
「伊作、おめえの姉ちゃんてどっちもおめえに似てねーな」
思わずルカと顔を見合わせた。
「ふふふふー」
イサクの弾むような声が、雑踏の中で妙に鮮明に聞こえた。
「そうかもね。でも、ぼくにとっては二人ともおんなじくらい大切な人たちだよ」
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