チェンジオーバー 下
「浮気だわ……。ちおりんてば、あたしという者がありながら!」
「ごめん意味わかんない」
拗ねた調子のルカと軽口を叩き合いながら通学路を歩く。ルカがベタベタと人の腕を抱き込んでいるから歩きにくくてしょうがない。
こいつ、なんで今日はこうなんだろ。
「つか離して。遅刻する」
それに、さっきからすれ違うサラリーマンやゴミ出し中のおばちゃんに二度見されて恥ずい。クラスメートには絶対見られたくないこんなところ。
「ううっ、ちおりんが冷たい」
「残暑の季節にちょうどいいだろ」
「やだ、一家に一人必須なのねん!? あたしにもちょうだい!!」
ルカがおどけた調子で笑う。オレの脊髄が震えた。
ああ、わかってる。本当はわかっているんだ。オレはこういう真ん中ストレートなのに弱い。欲求を直球でぶつけてくる素直さは決して嫌いじゃない。
それが誰の影響なのかは、考えるまでもなかった。
「……千織?」
「うん。あんたの大好きな千織ちゃんだよ」
空いている方の手でさっきイサクにしたよりも優しくルカの髪に指を滑らすと、ルカの目が困惑に揺れた。
これは最近気付いたことだが、こいつは不意の反撃に弱い。自分からはガンガンぶつかって行くくせに、相手にそうされるのは調子が狂うらしい。なんて自分勝手な奴なんだ。腹が立ってきた。
苛立っているはずなのに、オレの指先は自分でも驚くほど丁寧だった。ルカの髪から額、眦、頬と順に撫でれば、ルカは目を見開いて固まった。唇がかすかに震える。
「――ちょっとそこの二人、朝から何してるんですか! 大概にして下さいよ!! おはようございます!!」
唐突に響いた声に、二人して固まった。
声の方向を向けば、高く結わえたポニーテールが風に靡いていた。
すっと伸びた背筋、しなやかに筋肉のついたアスリート体型。ユミナの物腰はあくまで柔らかく、しかし立ち居振る舞いの端々に意思の強さを感じさせる。圧倒的秩序の体現。正道を往く者。正論という名の光だけで辺りを焼き尽くせそう。
「由弥那、由弥那? ご近所迷惑ですから公道で大声出すのは止めましょう? おはようございます」
その横でヤマトがユミナの袖を引っ張っている。
見られた。しかも知り合いどころの騒ぎじゃなく、共通の友達に。穴があったら埋まりたい。埋まってしまいたい。
「……おはよう」
オレはなんとか声を絞り出すのがやっとだった。一方ルカは憎たらしいくらい平然としている。
「おひゃよん櫻井ツインズ。一緒に登校なんて珍しいわね?」
「ええ、由弥那が部活を引退しましたからね」
「卒業までのあと半年くらいは兄さんと登校するもの悪くないって思ったんですよ。……それはそうと二人共、立ち話もなんですから歩きませんか? ほら、時間は有限ですしね!」
ユミナはにこやかに笑っているが、何故か気圧される。ヤマトは知らん顔だ。一方的な気まずさに耐えかねて、オレはルカから手を離した。
「何よ、腕組むのもダメ? ちょっとーユミナっちが邪魔するからちおりんてば照れちゃったじゃない」
「……兄さん、兄さん。はっきり言って流夏が物凄く気持ち悪いんですけど、流石に友達にそんなこと面と向かって言えませんし、どうしましょう。……あ、今距離置きましたね!? 他人のフリして逃れようとしてますね!?」
「聞こえてんのよツインズ。だけど何を言われても平気よ! だってあたしを傷付けられるのはちおりんだけなんだもの!!」
「気持ち悪いなこいつ……」
「傷付いたわ!?」
などとやりとりをするうちに校門が見えてきた。こちらの声が聞こえたのだろう、先方にいたナオとフミヒラが振り向く。
「おはよう、随分賑やかだね」
「おはっす。やっべこの顔ぶれ超久々って気ぃする」
「尚! 史平! ああ良かった、ようやく男子に会えましたよ! 俺、もうこの空気に耐えられなくて!!」
「うおっと、テンションたけーな櫻井兄」
ヤマトが駆け寄って行って二人の首に腕を回した。よろけながらも支え合っているのに感心していると、ヤマトの頭越しにナオがオレを見据えているのに気付いた。何かを挑むような眼差し。はっきり言ってナオらしくない。
思わずフミヒラを見ると、やれやれと首を振られた。さっぱり意味がわからない。
今朝はいつもと違うことばかりだ。これからもっと違っていく。季節は巡り、二学期が始まる。そしてオレ達も同じままではいられないのだ。
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