学園 | ナノ

お約束とか先入観とか 


「ユミナっち、相談したいことがあるの。ちょっと空き教室来てくんない?」

「ええ、構いませんよ」

 告げる流夏の声は真剣だった。これは珍しいことだ。彼女は普段はもっと軽薄そうな声をしているから。
 では要件は何だろう。これにはすぐに思い至った。考えるまでも無い。流夏の相談相手といえば彼女の最も親しい間柄の千織と決まっている。その千織に言えなくて、二人の共通の友人である私に言えることと言えば。

「もうすぐ千織の誕生日ですね?」

 休み時間の空き教室には暇そうな男子達が駄弁っていたが、流夏は彼らを気にも留めずに窓際へ進む。向かい合って着席しながらの質問に流夏が目を見開いた。
 ビンゴ。

「ユミナっちって話が早くて助かるわー……」

 たはは、と笑う顔を引き締め、流夏は私を真っ直ぐに見た。

「相談ってか頼みたいことがあんのよね。ちおりんの誕生日プレゼントのことなんだけど」

「私よりも流夏の方が千織の喜びそうな心当たり多いでしょう? 私じゃ力になれないと思いますが……」

 なにせ二人は家も隣同士だし、十年来の付き合いだ。時折踏み込めない空気感を醸し出すこともある。そこに疎外感を感じないでもないが、それでも私は二人の友人であることに変わりは無い。

「んにゃ、あたしの言いたいことってプレゼントのチョイスとかそういうことじゃないのよん。てかもうプレゼント決まってるし」

「では、どういう?」

「お願い! 『プレゼントはあ・た・し♪』ってやりたいからあたしの体にリボン巻いて頂戴!! リボンでぐるっぐるにラッピングして千織にあげるの!! でもあたし一人じゃ物理的に無理なのよ!!」

「嫌ですけど――――!!?」

「なんで!? こんなことユミナっちにしか頼めないのよ!? だって恥ずかしいじゃない!!」

「でしょうね!? 流夏にも最低限の羞恥心はあったみたいで私ちょっと安心してますよ!? でも流夏、落ち着いて考えて下さい、プレゼントは相手がもらってうれしいものをあげるんです!!」

「あたし以上に千織にとって最高のプレゼントが存在するの!?」

「どこから来たんですかその自信!?」

 エキサイトしていたら男子達が何事かと遠巻きにこちらを伺っていたので、しっしっと手で追い払う。
 互いに息を整え、仕切り直しである。

「ともかく流夏、冷静になりましょう。全裸リボン女は引きます。例え同性だろうとドン引きです」

「待ってユミナっち。あたし全裸とか一言も言ってないわ」

「……」

 しまった墓穴。

「……忘れて下さい。ちが、違うんです。こういうのはお約束とか先入観とかそういうのがあるんです」

 私は自分の名誉のために弁明するが、ちょうど読んでいた漫画でそういうシーンがあったのだ。いや本当に。

「ふふ、エロスね!? この思春期!!」

「誰がですか――!!」

 流夏が顔から火が出そうな私をプークスと笑う。もうやだ! もうやだ……!

「いいから話を進めましょう! 堅実で生産的な話をしましょう!! 千織のプレゼントを考えるの協力しますから!!」

「えーでもあたしをあげた方が喜んでくれるに決まってるのに……」

「流夏を梱包する私の気持ちも考えて下さいね!?」

 結局この休み時間は、『プレゼントはあ・た・し♪ 大作戦』阻止のために使った。教室に帰った時に千織に怪訝そうな顔をされたが、むしろ感謝して欲しいくらいである。


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