ランチブレイクの暴走
「宇治川ァ!! おまっ、学校に爆発物を持ち込む奴があるかァァ!!」
「うるせーこんのボケェ! こまけーこといちいち気にしやがってハゲんぞてめえ!!」
「は、ハゲねーよ!? 俺まだハゲねーよ!? というか他人をハゲ呼ばわりすんじゃねえ!!」
「うるせえハゲろ」
「史平ぁぁぁぁぁ!! お願いだから先生を挑発しないでぇぇぇぇぇ!!」
すがすがしい五月晴れの空の下、あまりに不釣り合いな怒声、罵声、悲鳴が響き渡る。
「あぁぁ、せっかくの昼休みなのに僕は何をやっているんだろう……」
頭を抱えてみても時間は巻き戻らない。
事の起こりは簡単。史平の爆破実験が先生にバレて追いかけまわされているだけです、はい。しかも一緒に騒いでいたはずの友人達はさっさと逃げおおせた模様で、野次馬の中で高みの見物決め込んでやがりますくっそう。
……ていうか、なんで僕まで逃げてるんだろう。そうだよ、史平と別方向に逃げればいいんだ。
そんな当たり前のことに思い至った僕の視界に、史平が白衣の中から筒状の何かを取り出す光景が映り込んだ。それはひどく無造作でありながら、長らく待ち焦がれた恋人に触れるように愛おしげでもあったし、あるいは敬虔なる宗教家の祈りにも似た――そんな、所作。
物凄く嫌な予感がしたので、咄嗟に身を屈めていた。
その直後、史平が流れるような仕草で着火。乾いた炸裂音がしたかと思うと、濛々とした煙が辺りを包んだ。一面が白く染まる中、先生の怒声やら、ギャラリーのざわめきやら、「やっべ。砂糖の量間違えたー」やらの声が口ぐちに上がる――って元凶、全く意に介してないよ! ていうか砂糖って何だよ!?
「げほっ、ごほっ!!」
一面真っ白だ。どっちへ逃げれば――
「――ナオ、こっちだ!」
戸惑う僕の腕が史平に掴まれ、引っ張られた。半ば引き摺られるようにして走る。
「ふ、史平ぁ、あのさっ、二手に分かれた方が先生撒けると思うんだけど!」
僕の魂の叫びは「走りながら喋ると舌噛むんじゃね?」の一言で無視された。
かくて。僕らは校舎裏を突っ切って走り、体育館の横の茂みに身を潜めていた。しばらくは木の葉の隙間から周囲を索敵していた史平だったが、不意に肩の力を抜いた。
「ふ。ここまで来れば大丈夫だろ」
言って茂みから這い出し、伸びをする。
史平に続いて、僕も茂みから立ち上がろうとして――目の前に、ローファーを履き、黒いストッキングに包まれた細身の足首が見えた。
「……何してんだあんたら」
同じクラスの水無瀬さんだった。
「よー、水無瀬じゃん。なんでここに?」
「何って……バレーボール探してんだよ。見なかったか?」
現在、うちのクラスの女子の間では昼休みにバレーで遊ぶのが流行ってるみたいだ。
「見てねー。こっちの木の間とかはー?」
史平が白衣の裾を翻し、あちこち探し始めた。
……凄いなぁ。
自然と感嘆の息が漏れる。そんなに親しくない人と話す時、無駄に緊張してしまう僕とは違って、史平はいつでも、誰にでも自然体だ。
そんなことを考えていると、
「あ、あった。これ?」
百葉箱の陰にボールを発見。水無瀬さんに渡すと、彼女は僅かに顔を綻ばせた。普段の表情よりも、こんな顔をしている方がいいなぁと思っ……何を考えているんだ僕は!!
「さんくー。……って、どうしたあんた。うなだれて」
「なんでもない……」
どうしようちょっと自己嫌悪かも。
「大丈夫かよあんた……えーっと、前の席の……、真鶴(マナツル)っつったっけ?」
惜しい。舞鶴(マイヅル)だよと言おうとしたら、史平が肩を組んできた。有無を言わさずホールドしてくる。
「こいつはナオ。ナオでいい」
「そっか。ありがとな、ナオ」
呼ぶんだ!?
「ところで、もっかい訊くぞ。何してたんだあんたら」
「史平の爆破実験が先生に見つかっちゃって、逃げてたんだ」
「マジで何やってんだあんたら……」
……ああっ! 視線が痛い!
思わず視線を反らした僕を救ったのは、意外な人物だった。
「ちーおりーん。ボールはー?」
軽やかに駆け寄ってきた高槻さんが、水無瀬さんの前でホップステップジャンプ。スカートの裾がふわりと舞った。
「宇治川とナオが見つけてくれたよ」
「そうなの? アリガトね、宇治川にナオちゃん」
「ナオ」呼び、定着はやっ!呆気にとられる僕をよそに、高槻さんはにこにこ距離を詰めてきた。
「ナオちゃんって呼んでもいい?」
「う、うん。いいよ」
なんでだろう。声が上擦ってしまった。……なんだか物凄く気恥ずかしい。
だけど、もう既に高槻さんの関心は僕以外の対象を見付けたみたいだ。
「宇治川のことはフーミンって呼んでもいい?」
「ド却下」
史平はからからと笑いながら親指を下に向けた。
その後、なんとなく水無瀬さん達と一緒に教室に戻った。
史平が肩を組んだまま、二人に聞こえない声で囁く。
「おまえさ、女子に免疫無いからってあんま舞い上がんなよぉー?」
「なっ……! 僕そんなんじゃないよ!!」
「声が大きい。ま、友人として警告はしたからな」
「はいはい」
溜息をつきながらあしらう。舞い上がっていたのは事実だけど、変な勘違いをしたりはしないよという意味を込めて。
……ていうか、他人振りまわすのが常の爆弾狂に心配かけさせてる僕って一体なんなんだろう……。ちょっと怖くなってきたので、これ以上は考えないようにした。
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