学園 | ナノ

新幹線2(あるいは舞鶴尚の回想1) 


 あれは、校庭を鮮やかに彩っていた桜の花が散り、瑞々しい若葉が薫るようになった頃。
 ゴールデンウィーク前の、ロングホームルームでのことだったんだ。


 常時ジャージ姿でそれ以外に服が無いのかと評判の僕らの担任は、黒板に「修学旅行 京都・奈良」と書いた。

「よし、いいかお前らー。修学旅行まであと二十日ってところだが、そろそろグループを決めなきゃならん。グループのメンバーとは修学旅行の行動も一緒、事前学習の発表も一緒だ」

 先生は僕達にとってはおにいさんとおじさんの中間な年代でヤニと友達のくたびれ系だけど、とっつきやすい性格で、みんなからは「トバセン」の愛称で親しまれている。

「せんせー、事前学習って何すんのー?」

 高槻さんが右手を振って質問する。先生は無精髭(うっすら)の生えた自身の顎に手をやり、軽く撫でた。

「調べ学習だ。文化、風俗、歴史……、なんでもいい。これから行く土地について理解しておくことが重要なんだ。調べたことは模造紙に書いて発表してもらうからな」

「めんどくせー!」

「超めんどくせーっ!!」

 途端、クラス中からブーイングの嵐が巻き起こり、先生はガシガシと頭を掻いた。

「やかましいぞお前らー? 全校生徒の前で発表よりかマシと思えー? そんなことよりだなぁ、さっさとグループ決めすっぞー。うちのクラスだけ遅れてるんだからな」

「それトバセンがめんどくさがって後回しにしてたからだろ!!」

 先生はものぐさな性格で有名だった。


 男女混合で五〜六人のグループを作る。
 言葉にするなら単純だけど、これがなかなか難航した。
 というのも、

「――させません! 由弥那と同じ班になって親密になろうなどとはこの兄が許しませんよ……!」

「いや落ち着けよヤマト。俺ら別に……なあ?」

「そそそそうだぞヤマト!? べべ、別にそんな、ユミナちゃんなんか、ね、狙ってなんかないんだからなっ!?」

「その露骨なドモリ具合は何ですか――!!」

「兄さん、兄さん! 恥ずかしいから騒がないで下さい!!」

 主にあの辺が混沌としているから。
 混沌のメイン成分は相似的双生児こと櫻井夜麻登君・由弥那さんだ。
 櫻井君は他の男子が櫻井さんに声を掛けるのが我慢ならないらしい。彼は双子の妹に対して過保護だ。普段のたおやかな姿からはあまり想像つかないけれど。

「第一、なんで私の班決めに兄さんの許可が必要なんですか!?」

「由弥那はもっと危機感を持つべきです! 男は狼と言うではありませんか!!」

「おいお前ら、そのへんにしとけー」

「先生は黙ってて下さい!!」

 とうとう事態は双子の口喧嘩になった。先生の制止も届かない。櫻井さんと同じ班の高槻さんと水無瀬さんが困ったように顔を見合わせている。
 僕はそんな光景を遠巻きに眺めていた。

「……いや、見てる場合じゃないよ! 僕らも班決めしなきゃなんないのに!!」

 僕は自分で自分にツッコミを入れた。
 現時点での僕の仲間は史平ただ一人だ。どこか適当なグループに混ぜてもらわないと。

「つか、おれらがあっこ入りゃ万事解決じゃね?」

「ふ、史平っ!?」

 思いがけない声は隣から聞こえてきた。「あっこ」とは櫻井ーズの班のことだろう。

「あのさ史平、前から気になってたんだけど、なんでヘッドフォンしてて僕の呟きを拾えるの?」

「読唇術」

 僕は突っ込まなかった。


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