新幹線1
今見ていたものが、まばたきをするその一瞬のうちに視界の外へと消える。景色は決して前に進まない。全ては後方へ走り、滑り、消える。加速を重ねれば、それだけ窓の外が抽象化していく。いや、ブレた写真と言った方が妥当かもしれない。
「そういえば僕、新幹線に乗るの初めてだ……」
知らず、感嘆が零れる。
修学旅行へ向かう中学校によって貸し切られた新幹線には、他にも二つの中学校が乗り合わせているらしい。僕達の学校は他校に挟まれている形だ。ちなみに、修学旅行まで制服着用の学校は僕のところだけらしい。
「凄いよ、もう最高速度だって! 速い!」
正面、通路入口の上にある電光掲示板に文字が流れて行く。
「ほお」
隣の席の史平が片目を開けた。彼は、本当に、本当に珍しいことに、トレードマークの白衣を身に着けていない。先生が泣いて(誇張表現)説得した結果だ。でも僕は知っている。彼がいざという時のために、白衣を鞄に忍ばせていることを。だから僕は祈る。いざという時が来ませんようにと。
「――どーしったのん? 考え事?」
唐突に、明るい声が鐘のように振って来た。見上げれば、高槻さんの笑顔。
「うわ!?」
「なによその反応。ナオちゃんヒドーイ」
「あ、ごめ」
「ウ・ソ!」
突然のことにあたふたしていたら、高槻さんのウインク。どうやらからかわれていたらしい。
「ま、ぼーっとするのもわかるけどねん。だって京都アンド奈良よ? 古都よ? エルダリーシティよ? 生陰陽師とか見れないかしら」
「あんたは陰陽師にどんな期待してんだ」
水無瀬さんが高槻さんにツッコミを入れた。この二人の漫才は毎度のことなので、高槻さんも余裕で受ける。
「妖怪とのド派手なバトルアクションに決まってるでしょ! 全米がさめざめと泣くわよ!」
「オレ、八ツ橋って初めてなんだけどさー、一体どんな味なんだろうなー」
「ちおりん無視しないで!!」
僕達に向き直ってわざとらしく話題を変える水無瀬さんにすがりつくものの、
「暑い」
無碍にされていた。
「で、なんか用でもあったのか?」
史平が尋ねる。
「あ、そうそう」
高槻さんは生ける宝石みたいに可憐にはにかんだ。ふわ、と周囲の空気までが震えた気がした。
「カードゲーム、しよっ?」
「トランプだけどな」
即座に水無瀬さんが注釈を入れる。
確かに、カードゲームと聞いて即座にトランプを連想するのは難しい。なんでだろう。
「あとその作り声、サムい」
「ヒドイ! あたしなりのギャグなのに!!」
あ、ギャグだったんだ。
……ちょっとだけ見惚れていたなんて言えない。
「ちょ、ノーリアクション。それはそれでツラいんだけど……。沈黙は了承と受け取るわよ?」
「あ、うん!」
高槻さんはじわじわ恥ずかしさがこみ上げてきたらしい。ちょっとだけ頬が赤らんでいる。
「そ、そういえば櫻井さん達は?」
「ヤマトは先生と話してる。ユミナは隣のクラスに拉致られた」
「班員甲斐のない人達だわん」
高槻さんと水無瀬さんは冗談めかして言った。
僕の班は、史平はもちろんのこと、高槻さんや水無瀬さん、櫻井双子とも一緒だ。正直、史平以外は同じクラスになるまで話したこともないような人達だった。
そう、あれは五月の初めに遡る――
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