学園 | ナノ

新幹線3(あるいは舞鶴尚の回想2) 


 宇治川史平という人間を一言で表すなら、「奇人」だ。
 爆発物を芸術と称し実験を繰り返す、風変りな少年。「芸術家」を自称するものの、あだ名はもっぱら「爆弾魔」や「マッドサイエンティスト」。しかし絶妙なバランス感覚を発揮して周囲から浮きすぎることもなく、異端者の誹りを免れている。

「んじゃちょっくら状況解決してくる」

「え!? 史平何する気!?」

 言うなり、いきなり立ち上がって白衣を翻す。今まで騒ぎを我関せずとばかりに無視して、僕の隣の席に勝手に座って爆弾の設計図を描画してたくせに、騒ぎの中心へ真っ直ぐ進んで行く。
 近づいてくる気配を感じたのだろう。櫻井兄妹は口論を中断し、揃って訝しげな視線を史平に向けた。いや、双子だけじゃない。先生も、双子による兄妹喧嘩を遠巻きに眺めていたクラスメイト達も、突然の乱入者に緊張を隠せない様子で事の成り行きを見守っている。今や教室中の視線が史平に注がれていた。
 だけどそんなの史平はぜんっぜん気にしない。躊躇無く櫻井君の肩に手を置くと、へらへら笑いながら切り出した。

「なー櫻井兄ー、おれとナオもその班に混ぜてくんねー?」

「はぁ?」

 史平は普段から結構ストレートというか、屈託がなくてフレンドリーだ。対する櫻井君は、平静を装いつつも警戒心を一気に高めたみたいだった。嫌悪を隠そうともせずに冷笑を浮かべる。

「そんなこと言って、貴方達も由弥那が目当てなんでしょう?」

「まーまー」

 史平が自然な所作で櫻井君の首に腕を絡め、櫻井君の耳元で何かを囁いた。櫻井君は一瞬瞠目したけれど、すぐにいつもの冷静な調子を取り戻したようで、数回頷きを返している。
 ややあって、

「……わかりました。貴方の提案に乗りましょう」

 櫻井君と史平が握手を交わした。

「由弥那、班員には俺の他に宇治川君と舞鶴君を入れて下さい。そうしたらもう騒がないと誓います」

「兄さんは何故こういう時にだけ偉そうなのですか……」

 櫻井さんは呆れと疲れが混ざった顔をしていたけれど、特に異論は無いみたいだった。

「なんかわかんないけど話まとまったのねん!? じゃあこっちでグループ学習のこととか色々話し合うわよカモーン!!」

「まず班長から決めないとな」

「え? チーム名じゃないの?」

「数字でいいだろ!」

 高槻さんと水無瀬さんが机を寄せ合い、手招きをする。僕はそちらに向かいながら、史平にこっそりと訊いてみた。

「ねえ史平。櫻井君に何て言ったの?」

 史平は大したこともなさそうに肩をすくめた。ただし次に出てきたのはとんでもない発言だった。

「『いつまでも班決まらねーのも嫌だろ? 知ってると思うがおれは爆弾にしか興味ねーし、ナオの目当ては高槻と水無瀬のどっちかだから、おめーの妹は安全圏だ。どうよ、他の男子と組むよりはよっぽど安心だと思うぜ』って」

「史平ぁぁぁぁぁ!! 何言ってんの? 何言っちゃってんの!? なんでそういうこと言うのぉぉぉ!!?」

 僕は思わず絶叫した。こんなに大きな声が出るとは自分でも思ってなかった。

「もっと他に言い方あったよね!? それに僕、別に、目当てが云々とかそんなの考えたこともないからね!? 誤解だからね!?」

「何だ、違うのか?」

「ではやはり由弥那を……!?」

「あああ状況がややこしく!!」

「すみません! 兄が私関連の話題だと途端に面倒臭くなってすみません!!」

「何よそっち随分と楽しそうじゃない。あたしも混ざるわよ!? いいわね!?」

「混ざんな!!」

 櫻井君が剣呑な目付きになり、櫻井さんが頭を下げる。高槻さんは嬉々として腕まくりを始め、水無瀬さんの怒号が飛ぶ。
 この時僕はある確信を得ていた。――この班確実に混沌だ。
冷汗をかきながら史平に視線を向ければ、

「にひっ」

 奇人は笑いながら親指を立てた。これ絶対何も考えてないよ!
 僕達の修学旅行はのっけから前途多難な予感がした。


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