風邪をひきました side-B
「そのまさかだよばかぁぁぁぁぁっ!」
絶叫した拍子にげほげほと咳き込む千織。その額はうっすら汗ばみ、青ざめた顔色は病人のそれ。
「ちょ、ちょっと! 寝てなきゃダメよ千織!!」
「うるさい平気だ……」
そんなにゼーハーゼーハー言ってる平気な人がいるわけないでしょ!
千織は言ったそばからよろけてしまう。
「とにかく、今日は寝てなきゃダメだからね!」
千織に肩を貸し、部屋へと連れていく。千織の自室は二階、あたしの部屋の向かい……だったらよかったんだけど違う。運命は残酷である。
……ていうか、やっぱこれってあたしのせいよね。
「よっし! 昨日世話になったお礼を兼ねて、今日はあたしが看病したげる!」
「いやあんたは学校行け」
「ヤダ! ちおりんを一人になんてさせやしないわよ。あたしが出てったら、誰がそんな状態のちおりんの面倒を看てくれるっつーの!?」
千織の両親は海外だ。今この家にいるのはあたしたちだけ。
あたしの親に千織の看病を頼むという手もあるけど、いかんせん今は野良作業中。
「何より! 病人を放置なんぞした日にゃ明日の目覚めが悪いのよ!!」
「……わぁったよ」
千織が渋々ながら了承したので、制服から寝間着に着替えてもらい、ベッドに寝かす。体温計が微熱だと言っているので、千織にはそのまま寝ていてもらおう。
一旦あたしは自宅に向かう。両親にメモを残し、居間の救急箱から風邪薬もろもろを拝借。ついでに動きやすい服に着替える。
ユミナにメールで学校を休む旨を送信すると、携帯をズボンに突っ込む。
さあ、これでよし。
千織の家に戻る。氷嚢を作ったり、洗濯物を干したりして過ごしていると、そろそろお昼が近づいて来た。
「ちおりーん、おかゆ作ったわよー」
「げほっ……。オレ、おかゆ嫌い……。味しねーもん」
「大丈夫! そんなちおりんのためにちゃんと味つけしといたから!」
ちょっと柚風味のおかゆをすくい、差し出す。
「はい。ちおりん、あーん」
「……ん」
素直に食べる千織。この数ヶ月、ずっとお弁当を「あーん」してあげてたからこその慣習。
「……美味い」
「良かったぁ!」
胸を撫で下ろす。ボソッとした褒め言葉だけど、それがたまらなく嬉しい。
「さぁちおりん、食べ後ったらお薬飲むわよ!」
「……粉薬なんて、ぜってぇ認めねぇ」
「なんでよ」
「マズいから……」
「君、昨日あたしになんつったっけ?」
思わずジト目になりながら薬を差し出す。
「なんなら座薬だっていいのよ」
「粉薬でお願いしますマジで」
ひったくるようにコップを取った千織は、うげーとか言いながら飲み干した。
個人的には、錠剤の方が飲みにくいと思うんだけど。
食器を片付けた後、じゃれあうような会話をしていたあたしたちを邪魔するみたいに携帯が着信音を響かせた。ユミナからの電話だ。
そっか、今はちょうど昼休みか。
「もしもしユミナっちー?」
《あ、流夏ですか? 千織の様態はどうです?》
「にゅーん。微熱と咳。寝てりゃー治りそうー」
《流夏も昨日の今日で病み上がりなんですから、無茶しないで下さいね》
「まかせてー!」
《ではお邪魔虫はこれで退散しますよ。お大事に》
いやお邪魔虫って何だよ、と千織が呟いた。
あれあれ。なんだか千織、うとうとしてない? 声がすっごく眠そうなんだけど。
「なんか……すげー眠い……」
「薬のせいかしら。こういう時は大人しく寝て、HP回復にいそしんだ方がいいわね」
「ゲームなら三秒で全快なのにな……」
「じゃあ、あたしは邪魔にならないよう別室に行くわ」
腰を浮かしかけたあたしの服を、千織がつかむ。振りほどこうと思えば簡単に振りほどける、弱い力。そっぽを向く千織。震える手。
その手をつかんだ。しっかりと握りしめた。
「わかったわ。千織が寝た後もそばにいてあげるから……、千織を独りになんかさせないから、だから、安心してお休み、千織」
そうささやくと、千織は安堵したように微笑み、やがて安らかな寝息をたて始めた。
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