学園 | ナノ

ランチタイムの憂鬱 


 天国から地獄だ。

 購買で買ったコロッケパンをやけくそ混じりにほおばりながら、周囲の情報をシャットアウト。
 だけど、耳だけは聞きたくもない音を拾ってくる。

「でさぁ、この玉子焼きがけっこー自信作なのよね。はい」

「いや自分で食えるっつーの」

 教室のほぼ真ん中。
 机をくっつけて向き合う二人。

「あーんして」

「いやいやいや!あんたばかだろ!?」

「……嫌なの?」

「…………」

 むぐぐ、と躊躇の呻き――やがて咀嚼の音。

「美味しい?」

「…まぁ」

 嬉しげな声と、照れたぶっきらぼうな声が耳に届く。
 仲の良さげな、というか良すぎな、二人の会話。
 もうなんだかそこだけ空気が違うって? 奇遇だね、僕もそう思ってたよ!
 大体「あーん」なんていつの時代のバカップルだよ!? と思わないでもない。
 だけど今はしっかり21世紀で、ついでに言うならあの二人はバカップルではない。
 高槻流夏(タカツキ ルカ)と水無瀬千織(ミナセ チオリ)。女同士の友達だ。
 何故友達同士でバカップルじみた会話を繰り広げていたのかって? 僕が知りたい。

「爆発しろ…」

 思わずそんな呟きが漏れてしまう。

「爆発、だって?」

 聞かれた!?

「やっとおめーも爆弾に興味を持ってくれたか。だが生物は止めとけ。芸術的じゃない」

「違うって、史平(フミヒラ)」

 いつの間にやって来たのか。
 白衣を纏い、首に雑音除去型ヘッドフォンを装備したいつもの格好――宇治川史平(ウジガワ フミヒラ)。爆発物が大好きという傍迷惑なクラスメイト。僕もしばしば実験の手伝いに巻き込まれている。

「どした、浮かない顔して」

「いや、あそこ」

 高槻さんが座っているあたりを指差す。

「僕の席なんだけど」



 それは四限の授業が終わった時のこと。教科書をしまっていた僕に声がかかり、顔を上げると、高槻さんが目の前にいた。
 しかも何故か二人分の弁当箱を持って。
 え、ひょっとして昼食のお誘い!?
 女の子とあまり会話したことのない僕はもう、すっかり舞い上がってしまう。
 だけど、そんな気持ちは次の言葉によって遥か地表まで真っ逆さまに叩きつけられた。

「きみさ、お昼休みの間だけでいいから席変わってくんない?」

 続けて一言。

「ちおりんと一緒にお弁当食べたいから」

 だから僕が今いるのは高槻さんの席だ。

「……元気出せ、な」

「ありがとうマイフレンド」

「そもそも高槻がおまえなんかのためにわざわざ弁当用意するなんて有り得ねぇし」

「前言撤回だマイフレンド」


 正直神様って僕のこと嫌いだよね――ちらりと二人の席を伺えば、高槻さんと目が合う。

「――アリガトね」

 彼女の唇がそう動いた、そんな気がした。眦を下げ申し訳なさそうに手を合わせられる。普段の彼女の印象とは異なる所作。

 ――体のどこかで鐘の音が響いた。

 閉ざされていた天上の扉が開き、地上に光が降り注ぐ。僕は再びふわふわと浮上を始める。

 ああ――我ながらなんて単純!


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