満開の桜の下
ひらひら、ひらひら。花びらがそよ風に舞う。日差しは暖かく、見上げれば青い空と桜の鮮やかなコントラスト。下を向けば道端に咲くたんぽぽ。
こういうのを春爛漫って言うんだわ。あたしの目の前をモンシロチョウが通り過ぎていく。
今日は始業式とホームルームだけで終わり。お昼前という、たぶん一番あったかい時間帯に帰れるなんて素敵。しかもうちの学校は山の上にあるから、かなり眺めが良かったりする。
なんだかいいな。こういう陽気。こんな日は、あたしの中に眠る異能が覚醒して異能者同士のバトルが始まんないかな。
「んふふ。なんつってねー」
「何笑ってんだ気持ち悪ぃ」
春特有のうららかな思考を吹っ飛ばすクールな声。
水無瀬千織。あたしの幼なじみ。
見れば、隣を歩いていたはずの相手は数十メートル坂下を知らん顔ですたすた下校中。
こんなに引き離されるなんて…なんでうちの学校は山の上にあんのよ!
「ちょっ…スルー禁止だってばぁ!」
あたしが叫べば、
「付いて来んな恥ずかしい」
「家隣じゃん!それに何その数年前の恋愛AVGのヒロインみたいなセリフ!!」
「知るか」
「む」
そっけない、にべもない――そんな態度をとる奴にはこうだ!
あたしは坂を一直線に駆け下りる。標的、千織にロックオン!
「すーぱーだーっしゅ!」
速度と坂道の角度が掛け合わさって加速、さらに加速――
「あーんど」
加速度は衝撃になって、
「くら―――――っしゅ!!」
「だあああ危ねぇッ!?」
人間魚雷と化したあたしは千織に盛大にタックルかまし、折り重なって倒れ込んだ。
ちなみにここ、人通りは少ないけどアスファルトで舗装してる道路ね。
「ふっふー、体育会系の脚力舐めんな☆」
「いやあんた補欠だろ」
「違うわ!ベンチを温める者と書いてベンチウォーマーだもん!!」
「同じだ!!」
くう。文句の多い奴。
そんなこと言ってるとどいてやらないぞ。
「……二人とも、何しているんですか?」
ふいに頭上から声が降り注いだ。それは怪しい人に恐る恐る話し掛ける時に出す声で、女学生同士でアスファルトに重なってる今のあたしたちに掛ける声としては最適といえた。
見上げてみれば、そっくり同じ顔が二つ、まじまじとこちらを窺っている。
「おりょ、櫻井トゥーイードルダムじゃん。こんなとこで何してんのよ」
同じクラスの櫻井夜麻登(サクライ ヤマト)と櫻井由弥那(サクライ ユミナ)。れっきとした二卵性双生児のくせに鋳型で作ったみたいに瓜二つすぎるから、学校ではちょっとした有名人だったりする。
やっほーと手を振ると、同時に返る声。
「…それ、今しがたあなたたちに言いました」
「というか、トゥー…?って何ですか?」
「こいつの言うことなんざ気にするな。アホが感染る」
「千織ひどーい」
「うるせえ早くどけ」
あたしをはねのけ千織は立ち上がる。スカートの裾を払い、ぎろり。
「…やだっ、千織ってば目つきコワい」
「当たり前ですよね」
「車の通りが皆無だから良いものの…。流夏は一度痛い目見るべきですよね」
「外野席うっさいー!あーもーゴメンってばぁー!!謝る、謝るからいっしょに帰ろ!?」
「ってひっつくんじゃねぇぇぇ!!」
ガキかあんたは、という怒声を無視し、あたしは絶対に離すもんかと千織の右腕を掴み、千織が振りほどこうとし、その拍子に足がもつれ、
「あ」
再びダイブインアスファルト。おかえり地面。
今度はあたしが下だったので、体勢的に千織のこめかみがひくついてるのがしっかり見えた。
「あー……えっと、ゴメンね?」
「許すかぁぁぁぁぁ!!」
「ふふ、二人とも仲良いんですね」
「ほほえましいですね」
「うるせーよ外野!!」
作為かはたまた天然か。ダブル櫻井が油どころかとくとくとくとくガソリンを注ぎ、千織が更にエキサイト。
そんなあたしたちのやりとりなんかフルシカトで、空はどこまでも青かった。
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