昼下がり_5
「ところでカーネリア村って確か、ここから一番近い村だっけなぁ」
フィルは自分の頭の中で地図を広げてみました。アルナーよりも南西に行ったところに、小さな村があったような気がしたのです。アルナーとカーネリアは距離的には近いのですが、さほど交流が盛んというわけでもなく、フィルにとっては別段これといった噂も聞かない村でした。
「どんな村かは知らないけど、馬車ならわりとすぐだよね」
「いえ、馬車じゃなくてわん太に乗ってきました」
フランが胸を張って答えました。名前を呼ばれたラザはしっぽを振りました。
一方サルファーはフランの拘束から抜け出すことも叶わず、力無く項垂れていました。
「犬の速度がどれだけのものかは知らんけど…でも、大変じゃなかった?大人でも町も外の移動は危険で大変なんよ?盗賊とか出なかった?」
「はい!わん太がいたのでだいじょぶでした!」
「まさか、盗賊とか全員その犬一匹で返り討ちにしたの?」
「そうですよー!わん太はとってもつよいし、たよりになるんです!!」
フランはラザの首に腕を回しました。優しい手つきでした。
「えへー」
「そかー。二人とも大変だったろうに偉いなぁ」
フィルはフランの頭を撫でようと手を伸ばしましたが――
「…ッ」
びくりと、フランの体が竦み、その表情は一転して緊張に染まり、ぎゅっと目を瞑りました。
「…あ。ご、ごめんなぁ」
フィルが慌てて手を引っ込めるよりも先に、ラザがフランの元に駆け寄り、フランを庇うように割って入りました。しかし当のフランは状況が分かっているのかいないのか、キョトンと首をかしげています。
「ああっ、違うんよわん太くん!うちはそんなつもりじゃ…」
フィルは慌てて両手を左右に振りました。
「え?一体どうしたんですか?」
「どうって…」
どうもこうもありません。頭を撫でようとしたら怯えた様な反応をされたのに、当の本人だけがわかっていないのです。
「何でもない。フィル、すまんが喉が渇いた。水でも持って来てはくれないだろうか?」
フィルが何か言いかけるのを制し、ヘリオスが前に出ました。
「う、うん!せっかくだからうち、お茶淹れてくる!」
弾かれるようにフィルが立ち上がりました。そしてヘリオスとのすれ違いざまに、気の毒そうな、どこか苦い顔で目配せを交わしました。
「ラザ…お前は本当にフランが大切なのだな」
「ヘリオスさん?」
ヘリオスがラザに頭に手を添え、そっと撫でました。ゆっくりと緊張を解くラザの体を、フランは不思議そうに見つめていました。
「…あれ、やっぱ無意識よね…」
腕を組んで成り行きを静観していたテロルが呟きました。
大人達は知っていたのです。長い間暴力にさらされた生活をしていると、頭に手をかざすだけで殴られると勘違いするようになってしまうことを。
そして、この世界では、そんな子供はさして珍しい存在でもないということを。
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