07
そして、今自分はここにいる。
かつての自室。
二階の隅の部屋、その木製の扉の前。表札のはがされた中に、
「…『あかずの間』…?」
下手くそな文字が書き込んであった。
「あ、それ…、何も知らない子がイタズラ書きしたんです。全然落ちなくて」
思い出す。
体調を崩す度に監禁みたいな生活を余儀無くされた場所。出せと訴えても、その扉は重くて。
「いや…ある意味合っている。素晴らしい」
「へ?」
苦笑混じりの声に、ハクは不思議そうに目をしばたいた。
その手にはジャラジャラと鳴る金属の束。彼女の細い手にはあまりに不似合いな、重厚な鍵の群れ。
ベアタ夫人は命じた。『ハクが案内しろ』と。…何故かにやにやと笑いながら。
「すっかり雑用係が板に付いたね、ハク」
鍵を開けているハクの背中に言う。
「…昔からずっとそうでしたよ」
その表情は、こちらからは見えない。
暫しの作業の後、かち、と小さな音が鳴った。
「…さ、」
ハクが自分の手を掴みながら、中へと導く。
燭台に火を灯す。ゆらゆらとしたオレンジの室内は、自分の記憶となんら変わっていなかった。
染みの浮かんだ天井もそのままに、壁の落書きも残っている。簡素な寝台とチェスト、机と椅子。
暖房器具は一階にしか無いこともあり、室内ながら息が白く染まる。
歩く度にきしきしと鳴り、はらはらと埃が舞う床板。特有の、乾いた空気の匂い。
うっすらとしか埃が積もっていない所を見ると、こまめにとは言えないがぽつぽつと掃除もされているようだった。
「ひょっとして…ハクが掃除しているのかね?」
「レファルさんがすぐ帰って来ると思いまして」
「ぐ…」
その簡潔な返答に、思わず言葉に詰まってしまう。
「…やっぱり迷惑でしたよね。すみません」
分厚いカーテンを開け、四角く切り取られた空を見上げる。
「迷惑では無いとも。ただ申し訳なくなっただけさ。
真綿で首を絞められる気分だと言えばわかるかね?」
「ぜんっぜんわかりませんが」
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