小説 | ナノ

『姦』と書いて 


「ちょっとそこの人妻! 今ヒマー? こっちで一緒にお茶しない?」

 昼下がりの通りをぶち抜く、燦々と降り注ぐ太陽にも負けない大音量。道の対岸に向かってぶんぶん手を振るテロルの姿が、使い魔たる自分としてはもんのすごく恥ずかしい。対面に座るフィルリアはというと、食い入るようにメニューを見詰めていて、我関せずといった風情。
 ――ていうか、いまどきそのナンパ文句はどうだろう――テロルが放ったしょーもないお誘いに対して自分が抱いたのはそんな雑感。しかし声をかけられた相手はそう考えなかったらしい。

「あ、うん。お邪魔しまーす」

 彼女は道行く足を止め、苦笑をひとつ残し着席。寛大な心のイル・アストライアー(旧姓・ゲレヒティヒカイト)。前々から落ち着いている人だったが、結婚してからさらに大人っぽくなった印象。
 世間一般的には真夏とはいえ、寒冷地たるアルナーの町は比較的涼しい気候である。そのため、積極的に日差しを求める文化が形成され、昼休みともなると日光浴をして過ごすのが一般的である。このオープンカフェもそのひとつだった。


 * *


 ウエイトレスが注文を取り終えて去っていくと、テロルはぱちんと手を鳴らした。

「では女三人揃ったところで! テロルとフィルのいろんな人とお話しちゃうわよシリーズ第一段! ガールズトーク大会ー!!」

「わー! ぱちぱちぱちぱちー」

「え。な、なにこれ……」

 そして唐突に始まるわけのわからないイベント。
 二人とのテンションの差に本気で狼狽するイル。
 そんな彼女に詰め寄る二人――意味ありげな笑み。

「いやさー、ガールズトークってやつをやってみたかったんだけど、あたしとフィルじゃネタが無くってー」

 もうやめてテロル悲しくなる! そしてなんで無駄に誇らしげなの!?

「そもそも数が足りんしなぁ。そんな感じで、ここは是非若奥さんのお力添えを! と思ってなぁ」

「え? えっ!? そんなこと言われても……って、そもそもガールズトークって何?」

「女が三人でだらだら語り合うことよ!」

 テロルは相変わらず皆無な胸を意味もなく張り、イルの鼻先に指を突き付ける。

「東の強国、カナン大帝国では『女』を表す文字を三つ組み合わせて『姦』という文字を作り出し、『ガールズトーク』と読ませてるわけよ!」

「そーなん?」

「いや、わたし初耳なんだけど……」

「シャラップ! とにかく、女が三人集まって会話すればそれはガールズトークになんのよ!」

「……凄く強引な気がする」


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